4-15 線引き

 縋るような眼差しで言われて、わたしはそっと瞼を下ろした。優しさって、どうして痛いのだろう。近くなるほどに思い知らされる。こんなわたしが、あなたと同じなんて。笑いすら湧かない。


「同じにはなれないです。だって公星くんは、普通のひとじゃないですか。わたしは普通にはなれないです」


 一直線に部屋まで逃げて、鍵を閉めるとほとんど同時に廊下に崩れ落ちた。唇から溢れ出た真っ黒い願望に嗚咽が混じっていく。

 正しいことは、それだけで眩しい。眩しすぎて、それ以外なにも見えなくなる。自分の内側にあることでさえ。





 翌週の土曜日、陽輝を連れて実家に帰った。


 数日前に陽輝からそろそろ会わないかと連絡が来ていたので


「ちょうどよかった。この間実家に帰ったら、お母さんと陽輝の話になってね。会いたいなって言ってたの」


 なんて、白々しく誘って。


 駐車場ですれ違った美咲ちゃんのお母さんは、わたしの隣に立つ陽輝を見るなり


「まあ、そう。やっぱりね。よかったわ」


 と微笑んだ。みぞおちのあたりで、どろり、と音がする。少し前から蟠っているそれはとっくに胸を満たして、わたしが揺らぐたびに傾いたグラスみたいに淵まで迫ってくる。


 なんだ、結局これか。わかりきっていたことに、今更腹が立ってしまうのもばからしい。なにをしても無駄。女の価値は、ここにしかない。


 インターホンを鳴らすと、玄関まで母が迎えに来てくれた。この間会ったときよりも、少し綺麗な服装をしている。


「まあ。五十嵐くんってば、こんなにかっこよくなって」

「ご無沙汰してます」


 陽輝は営業マンらしい爽やかな笑みで応えた。部屋に入ると、やっぱり室内も隅々まで手入れされていて、ついでにフローラルな香りまで漂ってきた。母の気合がひしひしと伝わってきて勝手に恥ずかしくなる。


 なにもかもとんだ茶番だ。どうせ三人、腹の底は共通している。


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