4-14 願望

「おれはれんみたいに鋭くないけど、自分が経験したことだけはわかるから。花緒さんも、きっとそうじゃないかって。おれじゃだめですか。ただここで生きているだけのおれだから、なにか、花緒さんの助けになれると思うんです」

「あなたじゃ無理です」

「どうして笑っているんです」


 公星くんが眉をひそめた。指先で唇を撫でてみると、確かに引き攣っていた。そのまま顔を逸らす。


 ただそこにいるだけのあなたにわたしがどれほど救われたか。だけど今、わたしが求めてやまないものはそれではない。


 瑞希のようになりたい。母や陽輝の期待に応えたい。わたしは大丈夫なのだと証明したい。

 わたしもちゃんとできるって、安心したい。

 早く、許されたい。


「花緒さんが先におれを助けてくれたんですよ。おれだって花緒さんの力になりたいです」

「じゃあ抱いてくれって言ったら、そうしてくれるんですか」


 どろりと溢れた声に、自分でも驚く。数舜、自分がなにを言い放ったのか理解が追いつかなかった。爪先に落としただけの言葉が、どうか彼に届かないで──振り返った先で大きく見開かれた瞳を捉えて、全身から血の気が引いた。


「……それが、本当に欲しいものなんですか」

「ごめんなさい」


 公星くんが伸ばした手をすり抜けて、わたしは数段駆け上がる。

 理性の追いつかない我が身の恐ろしさに震えていた。肘を抱えながら見下ろした先で、驚いた表情のままの公星くんと目が合う。


「ごめんなさい。わたし、今、あなたのこと殺そうとしました。自分が許されたくて、あなたのこと消費しようとしたの。最低です」


 幽かに空気が震えた気がした。それは公星くんの吐息だった。


「いいえ」


 わたしをまっすぐ見上げたまま、いいえ、と重ねる。いいえ、おれは──困って、思い直したように


「そんなふうに言わないでください。おれたち、同じでしょう」




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