2-16 均衡

 陽輝が慌ててスプーンを口に運ぶ。盛りすぎたようで、口いっぱいにご飯を詰め込んだ彼はハムスターみたいに頬を膨らませていた。間抜けな顔が可愛らしくて笑ってしまう。


 お昼休憩に抜け出してきた陽輝はスーツ姿で、今はジャケットを脱いでいるから真っ白なシャツが剥き出しになっている。ちょっとでも跳ねたら一大事だ。


 わたしが口元についたカレーをティッシュで拭ってやっている間、陽輝は大人しくされるがままになっていた。

 まるで親子みたい。そういえば高校時代も陽輝はわんぱくで、よくわたしが面倒を見てやったっけ。


「無理しなくていいんだよ」


 唇に残ったカレーをぺろりと舐めて、陽輝はスプーンを置く。


「俺の紹介だからって無理に決めなくていいよ。そうまでしてあそこで働く必要なんてない。花緒のこと受け入れてくれる会社なんていくらでもあるんだから」

「無理してないよ。無理なんかじゃないの」


 些か大袈裟な文句に苦笑する。陽輝がわたしを思ってくれるのは嬉しい。だけどわたしは陽輝が言うほどの自信など生来備えていないし、なによりあの会社に明確な好感を抱いていた。


「一次面接に行ったときにお手洗いを借りたんだけどね、誰でも使える生理用品が置いてあったの。それがなんかいいなあって」

「そんなことでいいの?」

「うん。わたしには結構、かなり、大事なことなの」


 もちろんそれだけが決め手ではない。女性の意見が通りやすい社風なのだろうと感じられたひとつがそこだっただけだ。それに自転車で通勤できる距離なのも助かる。


「そっかあ……」


 陽輝は納得したようなしてないような風だったけど、最終的には「うん」と力強く頷いてくれた。


「花緒が決めたことなら応援する」

「色々ありがとう。陽輝には助けられてばっかりだね」

「俺も花緒に助けられてるから、お互い様だな」

「そう?」


 心当たりが一切見当たらなくて首を捻ると、陽輝は姿勢を正して膝の上で拳を握った。


「俺は昔からずっと、花緒に色んなもの貰ってるよ。花緒がここに帰ってきて、また会えただけでも嬉しいんだ」


 やけに真剣な眼差しと最後に付け足された照れくさそうな微笑で、わたしの胸に予感が走った。


 ──傾いてしまう。





*°.・.。**°.・.。**°.・.。**°.・.。**°.・.。




第二章まで読んでくださりありがとうございます。

第三章で奏汰編は一区切りとなります。


作品の雰囲気を気に入っていただけた方、

花緒と陽輝の今後や、奏汰の本心が気になる方は


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(レビューリンク↓)

https://kakuyomu.jp/works/16817330664580804655/reviews



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