2-15 推しに推される
「実は今日面接があったんです」
「面接……就活ですか?」
「はい」
「お疲れ様です」
「ああいえ、そちらこそ?」
互いに会釈を送り合って、顔を合わせて笑った。
「面接、どうでした?」
「うーん。会社の雰囲気はよかったです。だけどひとつだけ気になってることがあって」
躊躇いがちに口にすると、公星くんがわたしの顔を覗き込んでくる。
「ああ、たぶん仕事する上ではたいしたことではないんです。だけどそこを我慢して、結局最後にダメになっちゃったら、それまでの時間とか労力とか、全部無駄になっちゃう気がして」
わたしは今年で二十八歳になった。次に再転職するとしたら三十代になるだろう。そうなったら今よりずっと狭い門を潜らなければならない。
「そうですね……」
足を止めないまま、公星くんは顎に手を添えて思案する。わたしはじっと彼の言葉を待った。
やがて「結局こうやって引退したおれが言っても説得力ないかもしれないんですけど」と躊躇いがちに口を開く。
「おれ、芸能界にいたこと、後悔してないんです」
前を向いたまま放たれた言葉に息を呑んだ。
「あそこでしか得られない経験や能力は確かにありましたから。それに舞台に立ってる間は楽しかった」
公星くんが並べる言葉のひとつひとつが胸のいちばん深い部分に沁み込んでいく。そのたびに許された心地がした。
「結局おれには向いてなかったみたいですけど、けして無駄じゃなかったと思います。だからおれ、花緒さんがどんな選択をしても、応援します」
柔らかく微笑まれて視界が滲む。
ずっと応援されてきた人に応援されてしまった。
うぐう、と無様に喉を鳴らしたのはわたしだった。
「がん、ばります……」
「ええっ、どうして泣くんですか!?」
引かれてしまっただろうか。大人なのにみっともない。だけど涙が止まらない。
たったひと言が、ほかのすべてが気にならないくらい、無敵になったみたいに心強い。
「花緒さんって涙脆いんですね」
若干呆れたように公星くんが呟く。
あなたのおかげで、と返したかったのに、声が出なかった。
「藤田さんのところね、採用になったよ」
わたしが告げると、正面でカレー定食をかき込もうと大きな口を開けていた陽輝が「マジ?」と低く唸った。
口に運ばれる途中で宙ぶらりんのまま止まったスプーンからカレーが溢れそうになって、わたしは咄嗟に手を伸ばす。
「カレー、気を付けて」
「あ、おう……」
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