回想3

回想3-1

 遅い。


 毎週土曜日のお昼過ぎは、公園で宿題をしながらお兄さんを待つ。図書館にはたまにしか行かなくなった。受付のお姉さんは元気だろうか。


「花緒ちゃん。遅くなってごめんね」


 夕方になってお兄さんがやってきた。わたしは一瞬だけそっちを見て、すぐに漢字練習帳に目線を戻す。


「うん」

「怒ってる?」

「怒ってない」

「ごめんね。お菓子かなにか買ってくればよかったね」


 怒ってないと言ったのに、お兄さんは勝手に決めつけてそう謝った。


「べつにいいよ」


 お菓子なんていらない。だって、わたしが待っていたのはお兄さんだ。


 お兄さんとは毎週土曜日と、平日も大学が早く終わる火曜日に公園で会っている。一緒に宿題をやったり、飽きたら遊具で遊んだり。お兄さんも忙しいひとだから、たまにこうして遅れてくることがある。だけど今日は、あんまりに遅かった。


「今日はどっちだったの」


 ぶっきらぼうに尋ねる。お兄さんはうどん、と答えた。


「急に来られなくなっちゃったひとがいてさ。代わりに入ってたんだ」


 お兄さんはうどんのチェーン店で働いているらしい。わたしはまだ行ったことがない。


「うどんが好きなの?」

「うーん、あんまり。だけどコンビニのご飯よりも、ちょっとだけ体にいいものを食べてるような気がする」


 お兄さんはコンビニでも働いている。わたしはなるほど、と頷いた。


「じゃあやっぱりお仕事が好きなんだね」

「うーん」

「違うの?」

「必要だからかな」

「わかんないよ」

「好きな仕事をするためには学校に通わなくちゃいけなくて、そのためにはたくさんのお金がいるってこと」

「好きなお仕事って?」


 お兄さんはわたしに言うかどうか、少し迷うみたいに目を逸らした。それからテーブルに腕をついて、わたしの方へ顔を寄せる。まるで内緒話を打ち明けるみたいに。


「先生になりたいんだ」




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