1-20 不時着
威勢よく啖呵を切っておいてダサすぎる。あるじゃないか、わたしにも罪。ここで生きてはいけない理由。
「ごめんなさい。わたし、悪いことしてますね。公星くんに怖い思いさせてますね。ここにいちゃダメですね」
「ダメじゃないです」
それは柔らかいのに確かな芯を持った声だった。
力なく顔を上げると、俯いていたはずの公星くんが真っ直ぐにわたしを見つめている。
「おれのこと、庇ってくれたんですよね」
「かば、う、なんて」
「だって、さっき」
「いやでもわたしが怖い思いさせたことに間違いはなくて」
「勘違いしてごめんなさい」
丁寧に頭を下げて、公星くんは薄く膜を張った瞳で上目遣いにわたしを見上げる。乱れた黒髪の隙間から覗く眼差しは見たこともない色を宿していた。舞台上でも画面の奥でもなく、目の前に、わたしの知らない公星くんがいる。
「おれもここで生きたいです」
同じですね、と彼は薄く笑んだ。
注がれる眼差しのあまりの柔らかさに、微笑が孕む温もりに、言葉では表せない思いが込み上げて胸を圧迫する。やや遅れてぬるい涙がじんわりと湧いて視界を歪ませた。
胸が苦しいのに、それが全然嫌じゃない。こんな気持ちは初めてだった。
何度も細かい瞬きを繰り返しながら、引き攣る呼吸の隙間で胸に詰まった感情を吐息とともに吐き出していく。ずいぶんと長い時間をかけてわたしはようやくその言葉を取り出すことに成功した。
「帰りましょうか」
公星くんが小さく首肯してトンネルから這い出てくる。膝についた埃を払って立ち上がった彼の背筋は美しく伸びていて、街灯に照らし出された輪郭に懐かしさを覚えた。
あんなに遠かったひとに、今、手が届く。輪の外側から、彼を追いかけていた頃のわたしが叫ぶ。早く逃げて。
わたしはもう逃げない。彼も逃げない。わたしたちは従順でいることをやめた。正しくなくても、叩かれても、生きたいように生きてみたい。
同時に一歩を踏み出した足が向かう先は同じ。
居場所を失い流れ着いた、あの小さな部屋。
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第一章を読みきってくださりありがとうございます。
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https://kakuyomu.jp/works/16817330664580804655/reviews
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