回想2

回想2-1

 土曜日は嫌いだ。


「花緒ちゃんばいばーい」


 横断歩道を渡ったら美咲ちゃんとお別れだ。わたしは信号機のすぐ下で立ち止まったまま手を振り続ける。


「ばいばーい」


 美咲ちゃんの水色のランドセルは、角を曲がってすぐに見えなくなった。美咲ちゃんはいつも振り返らない。わたしがここでずっと手を振っているのも知らない。わたしも振り返って歩き出した。


 わたしの家は日当たりが悪くて、お昼でもぼんやり暗い。わたしがお金持ちになったら天井に窓を付けたい。


 しかもそれだけじゃなくて、いつもわたしひとりしかいないから静かだ。こればっかりはお金持ちでもどうにもならない。お父さんもお母さんも、お仕事が大好きだからだ。


 保育園はいつもわたしが一番乗りだった。まだお友達が誰も来ていないお庭で園長先生と遊ぶ。帰りは先生と鍵を閉めながら一緒にパトロールして、眠たくなった頃にお父さんが迎えに来てくれる。


「それはすごいことなのよ」と教えてくれたのは小学校二年生のときの担任の先生だった。


 大人になると、女のひとは仕事を好きではいられなくなるらしい。

 だけど先生は先生のお仕事が大好きだとも話していた。変なの、と言ったら、先生にはまだ子どもがいないからだと教えてくれた。子どもができたら、お仕事よりも子どもの方が好きになるらしい。


 子どもよりもお仕事が好きなお母さんは、すごいひとだ。


 だからわたしの家には、お休みの日は一週間に一日しかない。


 土曜日は嫌いだ。学校の日よりも、ひとりの時間が長引くから。


「貸してください」




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