1-19 被害者の権利

「どうしてわたしたちが隠れて生きなきゃならないの」


 絞り出した声は震えていた。

 目の奥が熱い。喉が細かく痙攣して呼吸が引き攣る。

 わたしの視線は既に公星くんを捉えてはいない。両手でスマホを強く握りしめて、爪先をきつく睨みつける。


「わたしたちがどんな罪を犯したって言うの。なんにも悪いことしてないのに、どうしてわたしたちがいなくならなきゃいけないの。おかしいでしょう」


 確かにこの土地はわたしにとって苦い記憶を刻まれた場所だ。

 だけどそれ以前に、わたしが生まれ育った場所で、世界にたったひとつのわたしが帰るべき場所でもある。


 なんの罪も犯していないわたしたちが、どうして誰かに後ろ指さされて逃げ回らなくちゃいけないんだ。


「わたしたちは生きたい場所で生きてやる」


 早口で言い切った頃には心臓が早鐘を打ちすぎて痛みすら覚えたけれど、胸中には不思議な高揚感も溢れていた。


 ここへ戻ってきてからずっと心のどこかに後ろめたさのようなものを抱えていた。同時に、自分がそうした罪悪感を感じなければいけない理不尽に対する怒りのようなものも拭いきれず、なにをするにも息苦しい日々だった。


 公星くんに打ち明けたことで理解する。


 わたしはずっと誰かにわたしの覚悟を受け止めてほしかった。

 わたしがわたしらしく生きることを許してほしかった。

 わたしがここで生きることを誰かに責められる所以はない。


 もしわたしのせいで誰かが迷惑を被るなら教えてほしい。わたしを責めていいのはその誰かだけだから。

 たとえば、こうして暗がりで蹲る彼のような。


 目があって互いに息を呑む。


 わたしが例の女性と会っていたせいで、公星くんを不安に追い込んだ。

 わたしの存在が公星くんの日々を脅かした。


 自らの罪を自覚した瞬間、引き攣った笑みが溢れた。




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