1-18 共鳴
怯えた眼差しがわたしを捉える。
「公星くん……あの、さっきの、全然関係ない人でした」
「え」
「夜桜を撮りに来たらしいです。あとあの、さっきも言いましたが、あのサイトに投稿したのもわたしじゃありません。あの女性とはたまたま会っただけで、公星くんがここに住んでることは隠しました。だから、もう、大丈夫です」
呼吸を落ち着けながらになったため、一音ずつゆっくりと紡ぐことができた。
確実にわたしの言葉を受け止めた公星くんの眼差しから恐怖の色が失われていく。わたしたちは互いに声を発さないまま数秒間見つめ合った。
やがてぽかんと開きっぱなしになっていた唇が戦慄くと、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。
「……はは。だっさ」
歪に釣り上がった唇から渇いた音を漏らして公星くんが笑う。わたしは笑えなかった。ただ浅く唇を噛んで彼の言葉を待つ。
「自意識過剰ですよね、こんなの。ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」
「……いえ」
同意するには、わたしはこの界隈に馴染みすぎている。一般層での知名度はないに等しくても、界隈内で抜群の支持を誇る彼のことを、実際、わたしも彼女も、見つけてしまった。
わたしが否定しても公星くんの表情は晴れない。手のひらで前髪をぐしゃぐしゃに搔き乱すと、膝に額を預けて顔を伏せてしまった。
涙を流しているのかすら判然としないまま、くぐもった声だけが届く。
「こんな、こんな田舎にまで逃げてきて、おれを知ってるひとなんてほとんどいないのに。わかってるのに……ずっと見られるのが怖くて」
わたしの記憶の奥底でパトカーの真っ赤なランプがぐるぐる回っている。
路上に溢れる野次馬の奇異な視線からカーテンを閉めて隠れたこと。
ランドセルを背負って歩いていると、周囲で子供の登校に付き添っていた保護者が舐めるような視線を投げてくるせいで、背中を丸めて地面を眺める歩き方が癖になったこと。
上京して、就職して、やっと誰の視線も気にせず普通の人みたいに生きられるようになったのに、突然周囲の目が怖くなって、ここまで逃げ出してきたこと。
公星くんが零す言葉の裏側で様々な記憶と思いが溢れる。
「もう誰もおれを知らない場所に行きたい」
溢れた思いがその言葉で弾け飛んだ。
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