歴史は真実を語らない

 この国の王太子の婚約者からは、愚物と痛烈に批判されていたけれど。

 あの隣国の元王太子は、正しき言葉も残していた。


 彼が言った通り、男は確かに幸せ者であったのだ。


 王妃となるべくして生まれた女。

 そんな令嬢を自身で選ぶことなく、物心ついた頃には婚約者に据え置かれていたのだから。


 稀代の賢王とそれを支える賢妃として、彼らが広く世界へと名を馳せるときは、後に王妃となる令嬢がご立腹だったこの日からそう遠くない未来にやって来る。


 それは二人が存命の時代に終わらず。


 国内外から乱世の種を退けて、かつてなき安定した地盤を築き、その後数百年の太平の世が続いたのも、この王と王妃の功績であるとして語り継がれることになった。

 二人は未来の人々からも感謝され崇拝されている。



 しかしそれが──この王の心配性故の結果だったとは。



 彼らの生きた時代にそれを知っていた者は少なく、やがて時が流れると語り継ぐ者も残らなかったので、かの王をそのような小心者として考察する歴史学者は未来には一人もない。


 二人の功績は、彼がいかに心配性な男であったかを語っているのだが。


 たとえば、二人はまた、愛し合う王と王妃としても有名となり、後の世で恋愛事の神様のようにも崇められていくのだが。

 三男二女と子宝に恵まれた男は、それは心配性の男らしく振舞った。

 子孫の王位継承権争いへの憂いも制度を改めしかと払ったし、王族の子の教育を徹底することで王位を争う価値あるものではなくしてしまった。つまるところ、幼い頃からの洗脳である。

 あるいはまた、王妃が妊娠と出産回数を重ねるほどに、医療の質が改善していったことも、男の心配症な気質を窺わせるものだった。

 子の教育の重要性に気付いた男はまた、王都に貴族の子らを預かって教育を施す機関を築き、それが後の世で彼が憧れたあの婚約破棄騒動の場になることなど知る由もないのだが。

 それはまた別の話として──。


 すべては男が小心者であるが故に。

 心配で心配で堪らないことばかりだったために。


 男は世を変えていった。


 そんな心の弱き男だったけれど。

 あのとき婚約者が願った通り、彼は二度と未来の王妃となるあの令嬢と離れる未来を口にすることはなかった。


 その真実は──男が彼女のことに関してだけ心を強く持てたというところにはない。


「わたくし、怒りますわよ?」


 この一言だけで、王は王妃に服従していた。

 なんて話を当時の側近たちに囁かれていたこともまた、時の流れが霧散して──。


 男はいつしか、あの憧れた隣国の元王太子も含め、国を越え、世代を越えて、世界中の多くの人たちから憧れる存在となっていたのだった。

 彼のような素晴らしき人間になりたいと言うのは、子どもだけではない。


 そんな未来があることを知ったとき、きっと彼はこう言っただろう。


「是非とも代わっておくれ」と──。そして王妃は怒るのだ。




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【完結】その男、小心につき。憧れの婚約破棄は無理そうだったので「婚約解消」を願い出た 春風由実 @harukazeyumi

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