第149話:難題

 エンバーミングの術式は、砕けたマズルカの骨も、肉の内側に滲んだ血も、抉り取られたサーリャの木片も、元の通りに繋ぎ合わせてくれる。比較的くっつけるのが簡単な、骨や木に損傷が集中しているので、そう時間はかからなさそうだ。


「けど、もっと強くて、なおかついままでの戦い方を続けられる身体ってなると」


 マズルカの腕の骨をくっつけながら、彼女の希望を纏めてみる。


 狼に起源をもつ獣人ルーパスである彼女は、素早い動きと、相手を引き裂く爪での攻撃を得手として戦ってきた。その戦い方で十分な経験を積んでいるマズルカは、迂闊に違う特性を持つ身体に乗り換えれば、逆に弱体化してしまう可能性すらある。


 大前提は、人型であることだ。でなければ、同じ動きはできない。


「た、戦い方の近い人間の死体を探すよりは、人型のモンスターを探す方が早い、ですかね……?」


「そうなるだろうな」


 ウリエラの言う通り、マズルカと似たような戦い方をする人間なんて、パーティにひとりいるかいないかだし、それでいて高い実力を持った相手が、都合よくその辺で死んでいるなんて、あまり現実的ではない。


 なんなら、身体能力で言えば、ニノンの身体が理想的なくらいだ。皮肉な話だが。


 すると今度は、どんなモンスターを狙うべきか、という話になる。


「でも確か、この城に出現するのって、リビングアーマーやミミック……」


「そ、それに、ドラゴンが出るとも聞いたことがありますね」


 なんとドラゴンまでいるらしいのだ、ダンジョンの中に聳え立つこの城には。曲がりなりにも男に生まれ、曲がりなりにも冒険者なんて無頼の仕事をしていた身としては、心惹かれる存在だ。


 しかし残念ながら、いまはあまり参考にならない。


「アタシの身体にはそぐわなさそうだな」


 結局、マズルカの戦い方に適してなければ、なんの意味もない。


「そもそもさー、私たちじゃここのモンスターに勝てなくない?」


 身もふたもないサーリャの言葉に、みんなで項垂れた。


 最大の問題だった。僕らは、より強くなるために、より強いものの身体を必要としている。そして、強い死体が欲しければ、強い相手を倒すのが手っ取り早い。


 とんだインキー案件だ。


「そういうサーリャの戦闘訓練は、成果あったの?」


「わかったことがひとつある。こいつには白兵戦のセンスがない」


 まったくもって歯に衣着せない、マズルカによる率直な評価だった。


「変幻自在で、しかも人並外れた筋力を振える肉体を持っているのに、いちいち攻撃が単調で、読みやすい。防がれたり、避けられたあとの手も考えていないし、相手の動きを見極める目も持っていない。とんだ宝の持ち腐れだ」


「そ、そこまで言わなくてもいいじゃん! しょうがないでしょ、いままで人を殴ったりしたことなかったんだから!」


 まあ、致し方ないところだ。


 サーリャはこれまで、魔術師としての教育さえおろそかにしていた、生粋のわがままお嬢様だ。いくら強力な肉体を手に入れても、高度な戦闘技術なんて、一朝一夕では賄えない。


 やはりサーリャには、アルラウネの肉体がもたらす強力な魔術増幅力で、白魔術師としての活躍に専念してもらうべきかもしれない。


「相手を弱体化させる術式、他にも覚えてみようか」


「うー……それが苦手だから、戦う訓練の方がいいなって思ったのにー」


 この調子である。


「僕も勉強、手伝うからさ。サーリャは一番等級の低い弱体魔術でも、聖騎士団を丸ごと鈍らせるくらいの出力を出せるんだ。例えば、盲目の魔術なんか覚えたら、それだけでとんでもないアドバンテージになるよ」


 覚えるのが難しい高度な術式であることは、黙っておく。


「むう、マイロくんが手伝ってくれるなら、頑張るけど……」


「僕も死霊術師として勉強しなおし中だから、一緒に頑張ろう」


 どうにかサーリャのやる気をくすぐって、術式を覚えてもらう方向に持っていく。彼女の場合、他の植物系モンスターの特性を混ぜる、という手もあるのだが、いずれにしろその収集が問題になるので、とりあえずは魔術に集中してもらおう。


 さて、話が逸れてしまった。


「とりあえずさ、この迷宮にいるかとか、倒せるかどうかは別として、マズルカの理想的な新しい身体になりえる魔物って、なにがいるかな」


「一番手っ取り早いのは、アタシよりも強いルーパスの身体、ということになってしまうが……それに近く、より強靭な肉体を持っているものなんて、いるのか?」


 それが問題だ。


 普通の生き物の身体は、サーリャのように変幻自在ではない。違う特性の身体を混ぜ合わせるより、最初から完成している肉体のほうが、当然強い。


 だが、そんな都合のいい身体を持つ生き物なんて、いるかどうか。


「ライカンスロープは?」


人狼ライカンスロープ。兄さんが不意に投げ込んできたのは、厄介極まりない、半人半獣の亜人の名前だった。

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