第五章

第146話:王になるために

 死霊術とは、死者の魂を死体に宿し、仮初の命を与えることによって、リビングデッドとして活動させる魔術だ。リビングデッドは死から蘇生するわけではなく、一時的に肉体を得た死者の魂に過ぎず、成長することも、子孫を残すこともできない。


 そして、特定の死者の魂に魔術を施すには、その魂と繋がりのある肉体が必要だ。死体のない死者をリビングデッドには、できない。


 それが死霊術の限界なのである。摂理の範疇で出来る限界ともいえる。


 死者たちの王になる。このダンジョンに、死者の国を作る。アンナの誘いを受け入れると決めたはいいものの、決めたからといって、途端に摂理を覆すような力が僕に宿るなんてことは、当然ながらなかった。


 なんせ、僕に王になれ、と言ってきたアンナはと言えば。


「まずは、あらゆる死者を従えられるだけの、知識と力をつけてください。そうして初めて、マイロ先輩は死者たちの王を名乗れます。もちろん私も、全力でお手伝いさせていただきますからー。少なくとも、食事や身の回りの安全については、心配しなくても大丈夫ですよ」


 なんて、過保護なんだか放任主義なんだかわからない、投げっぱなしっぷりだ。


 一応は彼女にも、どうすれば僕がそんな力を手に入れられるのか、見通しはあるようなのだが。


「魂について、理解してください。それが一番の近道だと思いますよ」


「そういうアンナは、魂がなんなのか、理解できてるの?」


「解き明かしたわけではないですが、おおよそ目星はついてますよ。でも、教えてはあげません。マイロ先輩が解き明かしてこそ、意味がありますから」


 だそうだ。なにか思惑はあるらしいが、やっぱりまだ計り知れない部分が多い。


 そうしたわけで。死者たちの王になると決めてから、ポラッカを失ったあの日から、もう数日。


 僕は、時折アンナに食料を届けてもらいながら、魂の研究に勤しんでいる。死者たちを知り、死者たちの力を引き出し、死者たちの王となるために。


 力を得ようとしているのは、僕だけではない。


 書棚と書棚の間、床に座り込んで山積みの文献を読み漁っていた僕は、すぐ目の前に魔力のうねりを感じて顔を上げる。知っている魔力の動き方だった。


 変化はすぐに起きた。現れた光の球が、ふくらみ、輪となって広がり、景色が水面のように波打って歪み始める。気付けば光輪の中には、別の景色が広がっている。と言っても、いま僕のいる場所とほとんど変わらない、書庫の中の一角だ。


 出来上がった転移門の向こうから、こちらを覗き込んだウリエラが、あ、と口を開けた。


「も、申し訳ありません、マイロ様。お邪魔してしまいましたか……?」


「ううん、大丈夫。一息入れようかなって思ってたところだったから。ウリエラは、どんな調子?」


 『空白』から魔力を得るようになって以来、魔術の発動に著しく時間がかかるようになってしまったウリエラは、『空白』から効率的に力を引き出す方法を、連日模索している。


 書庫の中で炎や雷の魔術を使うわけにもいかないので、練習に使うのはもっぱら転移の術式だ。もっと早く使えれば、ポラッカが犠牲にならずに済んだかもと、深く悔やんでいた魔術でもある。


 もともと発動まで時間がかかる術式であり、これが短縮できれば、他の魔術も必然的に早く使えるようになるはず、ということで、この数日はあちこちに転移門を開いては閉じてを繰り返している。


 いまもどこか書庫の離れたところから、転移門を潜って来ながら、ウリエラは明るくない表情で首を横に振る。


「す、すみません、あまり芳しくなく……慣れてきて、多少は短くなったとは思うのですが、根本的に一度に引き出せる魔力が少ないままなんです」


「もともとウリエラが持っていた魔力も、使えなくなっちゃってるんだもんね」


 基本的に魔術師は、自分の肉体という器の中にある魔力を用いて、魔術を発動させる。ところがウリエラは、『空白』という外部の力から、術式を走らせるために必要な魔力を引き出して使っている。


 総量としてはいくらでも使えるため、法外に強力な魔術も行使できるが、放出するための管が細いために、必要量が引き出せるまでに時間がかかるようなのだ。


「アンナはなにかコツとか教えてくれないの?」


「そ、それが、アンナさんは『空白』からは魔力を引き出していないみたいで」


「うそ」


 アンナは『空白』の力によって、摂理に逆らった蘇生を可能とする吸血鬼だ。てっきり、『空白』から引き出した膨大な魔力が、それを可能にしていると思っていたのだけれど。


「全部、アンナさん自身の魔力みたいです。なので、聞いてもわからないって言われてしまって」


 ということは、『空白』との接触がもたらす効果は、一定ではないのか。


「ってことは、エレメンツィアに聞いてもわからないだろうね……」


「おそらく……それに、エレメンツィアさんは、まだ」


「……そっか」


 エレメンツィアは、地上から戻ってからこちら、ずっと塞ぎこんでいる。


 当然と言えば当然だ。彼女にとって、存在意義にも等しかったマルグリットその人に、手ひどく裏切られてしまったのだから。


 マルグリットは自分と、自分たちの家柄を優先して、僕らを教会に売り渡した。


 まったく、とことん生きた人間らしい。


 おかげでエレメンツィアは、再び陥りかけた狂気こそなりを潜めたものの、今度はあらゆる気力を失ってしまったように、ただ亡羊とそこに存在しているだけの、まさしく亡霊になってしまっている。


 少しそっとしておいてあげよう、と思っていたのだけれど。


「やっぱり、いつまでもそのままにはしておけないな」


「はい……マイロ様、もしよろしければ」


「うん、少し話してみるよ」


 ちょうど僕も、さっぱり魂について掴めず、行き詰っていたところだ。


 息抜きも兼ねて、エレメンツィアの様子を見てみるとしよう。

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