第143話:もう一度、死

 庭園で僕らを取り囲む聖騎士たち。嗜虐的に笑うマリーアン。テラスから見下ろすマルグリット。


 これは、マズいかもしれない。紛うことないピンチだ。さっきはエレメンツィアの奇襲で戦意を削って、どうにか切り抜けられた。でも、聖騎士で固められちゃ、そうもいかない。


「サーリャ、兄さんを守って。兄さんはサーリャから離れないでね。ウリエラは転移門の準備。マズルカ、ポラッカ、戦える?」


「任せて!」「いつでもいける」「わ、わかりました」


 口々に返ってくる返事を聞きながら、思考を巡らせる。頭の中身を回転させる。


 こちらの最大戦力はウリエラだが、発動の遅い魔術を準備している間、この人数相手に守り切るのは難しい。いくらサーリャが弱体化をかけ、マズルカとポラッカが駆け回ったとしても、対処できる人数はたかが知れてる。


 どうする。


 エレメンツィアの奇襲は、もう一度通用するか?


 そうだ、エレメンツィアは。


「どうして、お嬢様」


「あなたは死んだのですわ、エル。ここに戻ってきてはいけなかったの!」


「どうして」


 目が、虚ろになっていく。マルグリットを見ていた目の焦点が、合わなくなっていく。ダメだ、とてもじゃないけど戦える状態じゃない。


「ずいぶん狭量だね、マルグリット。死人のひとり受け入れる器もないだなんて」


「マイロ様。エルともう一度話しをさせていただいたことは、感謝しております。ですが、あなた方の存在を見過ごしてしまえば、我が家のみならず、我が家が抱える多くの農民たちにも類が及ぶのです」


「だから差し出すって? ああ、そうか、昼間はやけにあっさりエレメンツィアを僕らに同行させるんだなって思ったんだ。最初からそう言う腹づもりだったんだ」


 僕らがガストニアで殺されてくれれば御の字。ところが、全員で無事に戻ってきてしまったものだから、いよいよ聖騎士たちをここに呼ぶことにしたってわけだ。


「本当に、どうしてエルを、連れて来てしまったのですか……!」


 ああもう。


 こうなったらもう。


「さあ、終わりよ」


 高司祭が手を振り下ろす。やるしかない。


「サーリャ、やって!」


「こんのぉ!」


「なんだ、地面が!」「気を付けろ、足元だ!」「うわあ!」


 サーリャが庭園の地面に突き刺した腕は、無数に枝分かれした根となり、聖騎士たちの足下を掬う。弱体化よりも、先制攻撃で出鼻を挫きたかった。


 聖騎士を数名捕まえ、地面に叩きつけることには成功した。だが無事だった大多数が、一斉に押し寄せてくる!


「まだまだあ!」


 腕を引いたサーリャが、今度はそれを鞭のように振う。正面から向かってきた聖騎士たちは、手痛い一撃に吹き飛ばされ、あるいはそれをも掻い潜って迫ってくる。


「行かせるか!」


「ぐあ!」「この、摂理を乱すものめ!」「獣人風情が、ぎゃあ!」


 獣のごとく飛び出したマズルカが、迫りくる聖騎士たちの間を駆け抜け、鋼鉄の爪で鎧の隙間を引き裂いていく。


「近づけるものなら近づいてみなよ!」


「不浄なゾンビどもめ!」「射手がいる! まっすぐに進むな!」「ぎゃっ」


 ポラッカは淀みない弓さばきで、駆け寄ろうとする聖騎士たちを射抜いていく。


 けれど、長続きはしない。マズルカもポラッカも、強化術式を惜しげもなく使っている。手足へのダメージが、皮膚の変色に現れている。


 ウリエラの術式は、まだ完成しない。


「あっ!」


 ポラッカの指から、引き絞った弦がすっぽ抜け、矢があらぬ方向へ飛んで行く。


「ぐ、この!」


 マズルカが足を滑らせ、すんでのところで地面を転がり、銀の剣を避ける。


「離せ、この!」


 サーリャの振るった根の腕が、数人の聖騎士に掴まれる。


「マイロ、このままじゃマズいよ! どうするの!」


 兄さんに言われなくてもわかってる。もう限界だ。


「ポラッカ、下がって! 僕がどうにかする!」


「おにいちゃん、でも!」


 死者の手袋を嵌めなおし、聖騎士たちに向かって手をつきだす。


 弱い呪霊じゃ、聖騎士たちには足止めにもならない。だが呪いを籠めすぎれば、仕留められなかったときの呪詛返しで、僕が死にかねない。


 けどやるしかない。狙うのは聖騎士じゃない。マリーアンだ。殺せないまでも、戦闘不能に追いやれれば。


 だが、前衛たちの後ろ。高く掲げられた手。光を灯す聖典。


「『言葉』のもとに!」


 いけない。ダメだ。


「サーリャ! ウリエラとエレメンツィアを、」


「祝福の光は届かないよ!」


 違う、ダメだ。いま『ウリエラの夜』を使っちゃいけない!


「待って、サーリャ!」


「闇よ!」


 遅かった。


 光が、かき消される。月の光も、松明の光も、祝福の光も一緒くたに、庭園のすべての光が消える。真の闇に、視界が閉ざされる。あちこちで動揺の声が上がる。


 けれど、この闇の中で動けるのは。


「ダメだサーリャ! 早く解いて!」


「え、でも」


「早く、じゃないと」


「マイロおにいちゃん!」


 突き飛ばされた。


 倒れた僕の真上を、なにかがものすごい速さで飛び過ぎていった。僕を突き飛ばしたポラッカの気配が消える。


「ぁ、が……ッ!」


 ポラッカの呻き声。


「ポラッカ? ポラッカッ!」


 マズルカの叫び。


「なに、なんなの!」


 サーリャの困惑。同時に、光が戻ってくる。目がくらむ。知るか。ポラッカは。


 視界に戻ってきた庭園の様相に、ついさっきまではいなかったはずの、人影がひとつ増えている。


 ニノン。客間を離れてから、姿を消していた暗殺者。


 その手が握っているのは、短剣と、そして。


「あ……あぁ……ポラッカ……」


 ポラッカの、身体から切り離された、頭。


「お、にいちゃん」


「まだ意識があるのですね。まったく気味が悪い。まあでも、約束通り身体は切り離しましたよ、マリーアン高司祭様」


「なんだって?」


 約束? いったいなんで、ポラッカをわざわざ。


「手際が良くて嬉しいわ、ニノン。死霊術師マイロ、言った通り、私たちからくすねたものを、返していただきますよ」


「くすねた? 待って、本気でなにを言ってるのかわからないんだけど」


「とぼけるつもり? そのけだものが使っていたのは、聖騎士フレイナの身体でしょう。魂を穢した愚かな娘とはいえ、その身体は教会が育てた所有物よ。それをいつまでも、死霊術師の好きなように使わせるだなんて、許すわけがないでしょう」


 教会の所有物? それじゃまるで、フレイナが生きていた頃からそうだったみたいな口ぶりじゃないか。


「本気で……それ本気で言ってるの? じゃあなに、ここにいる聖騎士もみんな、教会の所有物だってこと?」


「当然でしょう。彼らは肉体も魂も、すべてを教会に捧げているのよ」


 なんで。


 なんだってそこまでして。


「ふざけるな! どうだっていい、そんなこと! ポラッカを離せ!」


「だそうですが、どういたしますか?」


 マリーアンは、嗤った。


「踏みつぶしなさい」


 マズルカが駆ける。ニノンが手を離す。ポラッカの目が、僕を見る。


「おにいちゃ」


 ニノンの足がポラッカの頭を踏みつぶし、血と脳漿が花開くその寸前。


 僕は、ポラッカの魂を、死体から解き放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る