第139話:闇を駆ける

「なんだ! なにも見えないぞ!」


「どうなってるんだ、真っ暗だ!」


「どうして、祝福の光は!?」


 周囲のあちこちから、動揺の声が聞こえる。


 広場を照らしていたかがり火。天の彼方から見下ろす月。まばゆく瞬く星々。聖騎士たちが掲げようとしていた、聖典の祝福。


 あらゆる光が掻き消え、伸ばした手の先すら見えない闇が、広場を支配している。


「ちぃ……ッ! 落ち着きなさい、惑わされるんじゃない!」


 マリーアンの苛立ちが手に取るように分かった。


 『ウリエラの夜』だ。


 常に一定の明るさを保つダンジョンで暮らすために、ウリエラが作り、サーリャに組み込んだ光を操る術式だ。もとは一定の周期で夜空を作る術式だったが、光の元素を操る特性を利用して、発動した瞬間にあらゆる光を遮断するように書き換えた。


 『空白』を祓う聖典の祝福も、その効力は放たれた光に依存している。光をかき消してしまいさえすれば、一切効果は及ばない。


 ただ、ひとつ大きな問題もあって。


「マイロくん、居るよね! ウリエラちゃんも、マズルカちゃんもポラッカちゃんも!?」


「大丈夫! いま抱きしめてるの僕だよ!」


「わ、私もいます! えっと、これは……」


「アタシだ、ポラッカもいる!」「サーリャちゃんそれわたしのしっぽ!」


 僕を含め、誰もなにも見えないことくらいか!


 いくらリビングデッドのみんなは夜目が利くといっても、一切の光源がなくなってしまえば、さすがに見ることはできない。


 ただひとりを除けば。


「ぎゃあっ!」


「ひ、がっ……」


「ぉごっ」


 悲鳴が聞こえる。順番に、ひとりずつ。重たいものが地面に倒れる音が続く。


「なんだ、なにが起きてるんだ……!」


 クルトの声。


 僕にも見えていないが、誰がなにをしているかは知っている。そしてこっちも、すべきことをしなくては。


「ウリエラ、準備をお願い」


「はい、マイロ様」


 その間にも、あちこちで悲鳴が上がり、人の気配が少なくなっていく。


「ごめ、マイロくん……そろそろ限界……!」


「わかった、ありがとうサーリャ。エレメンツィア、もういいよ!」


 声をかけると同時に、視界が白く染まる。月明かりとかがり火の光が、やけに眩しく感じられて、何度か目を瞬かせて、ようやく景色が戻ってきた。


 広場の様相は、一変していた。


 僕らを取り囲み、殺気をたぎらせていた冒険者たちの、そのほとんどが力なく倒れ、おそらくは息絶えている。聖騎士たちは比較的無事なものの、包囲の半分以上が崩れ去ったようなものだ。


「なんだよ、これ……」


「いったい、なにをしたのですか……!」


 クルトたちが慄いているが、別に大したことはしていない。


「ごめん。騎士たちは上手く倒せなかった」


「ううん、ありがとう。これだけ減らせれば十分だよ」


 僕のすぐ隣に、半透明の霊体を持つエレメンツィアが姿を現す。マリーアンの顔が、忌々しげに歪んだ。


「ゴースト……よくもまあ、そんなものまで……!」


 そう、冒険者たちを倒したのは、エレメンツィアの力だ。


 ゴーストであるエレメンツィアには、魂が見える。僕らのように、光に頼ってものを見ているのとは違う視界を持つ彼女は、完全な闇の中でも、獲物に狙いをつけて攻撃することが出来るというわけだ。


「まだ続ける? 僕は兄さんを返してもらいたいだけだ。これ以上続けるなら、余計に被害を大きくさせることになるけど」


「ふざけないで、祝福の光がお前たちを焼いて……」


「何度やっても同じだ! 僕たちに祝福の光は届かない!」


 嘘。


 本当は、完全に光の元素を閉ざすなんて芸当、そう何回も使えない。けどハッタリを言っておく。現にマリーアンは、怯んで指示を出しあぐねいている。


「じゃあ、返してもらうよ。サーリャ、お願い」


「まっかせて。そのくらいならいくらでも!」


 アルラウネとしての怪力が、兄さんを繋いでいた鎖と枷を引きちぎる。


「お待たせ兄さん。さ、行こうか」


「すごい、あいつらを圧倒しちゃった。さすがマイロ! 僕が見込んだ通りだ!」


 小さな身体を抱えあげると、兄さんはえらく興奮した様子で拳を握り締める。よかった、元気そうだ。もっと怯えているかと思ったけど。


「マイロ様、準備できました」


「よし、引き上げよう、みんな」


 ウリエラが杖を振うと、転移門が開く。行き先は、さっきまで僕らがいた丘の上だ。そこからまた、いくつかの場所を経由して、グラストン卿の荘園に行く。


 歯噛みをしながら睨んでくる聖騎士たちを警戒しつつ、まず僕と兄さんが転移門を潜る。マズルカとポラッカ、サーリャが続き、エレメンツィアが剣を抜いて、騎士たちをけん制する。


 門を潜ってから、一度振り向いた。


「クルト、君たちはどうする?」


「どうする、って」


「たぶん君らも、ここに居たらあのおばさんたちに殺されるよ。おかげで兄さんを助けられたし、ここから逃がしてあげてもいいけど」


 クルトは僕らの顔と、マリーアンの顔を幾度も見比べ、答えを出しあぐねている。そんな中で、最初に立ち上がったのはダナだった。


「ダナは行くよ。この街の連中にはもう付き合ってられないし」


 それが皮きりだった。


「……クソ! 逃げるぞ、みんな!」


 クルトが立ち上がり、ヘレッタも、ダグバも続く。クルトに手を引かれて門を潜ったセルマが、最後に振り返り、首元に下げていた聖印を引きちぎり、転移門の向こうに捨てた。


 エレメンツィアとウリエラが潜って転移門が閉じる、その寸前。


「決して逃がさないわ。お前たちが私に被せた汚辱を、必ず削ぎ落す」


 マリーアンの、そんな恨み言が聞こえた。


 そういえば、彼女から僕らが奪ったものって、なんだったんだろう。

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