第137話:対決

 陽が沈むと、街から離れた丘の上には、すっかり闇に覆いつくされている。月明かりに辛うじて手元は見えるが、少し離れてしまえば、隣にいる仲間の顔も判別しづらいほどだ。


 だが不用意に灯りを点けるわけにもいかないので、頑張ってみんなの顔を見分けるしかない。夜目が利かないのは僕だけだし。


 一方で、街の場所はよくわかる。窓から灯りを漏らす、城のような一番大きな建物は、言わずもがな魔術学院だ。そこから通りに沿って街灯りが広がっている。


 そして、中でも煌々と照らされた要塞のような建物。かつてのバルバラ商会会館。いまは聖リングア言学会の教会だ。


 あそこに、兄さんがいるはずだ。


「そろそろ行こうか」


 みな準備は良さそうだ。マズルカもポラッカも、それぞれ装備を手にし、サーリャも拳を握って気合を入れている。


 エレメンツィアは霊体の剣を抜いているが、あれで切るとどうなるのだろう。


 僕も右手の手袋を確かめる。呪霊は、切り札だ。


 そしてアンナだけは、やはり岩の上に座ったまま、僕らを眺めていた。


「頑張ってください、マイロ先輩。一応言っておきますが、ウリエラさんとエレメンツィアさんには『空白』が宿っています。聖騎士たちの祝福の光には、十分注意してくださいね」


「もちろん、わかってるよ」


 『空白』は、二人の大きな力の源になっている。ウリエラの強力無比な魔術の源であり、エレメンツィアの霊体を維持しているのは『空白』の力だ。


 祝福によって『空白』が祓われてしまうと、非常に面倒なことになる。一応対策は考えてある。使わずに終わるに越したことはないが。


 ともかく、時間だ。そんなに僕らに会いたいって言うなら、出て行ってやろう。


「じゃあウリエラ、お願い」


「はい。では、転移門を開きますね」


 ウリエラが準備していた術式に、仕上げの魔力が走る。


 光輪に縁どられた転移門が開き、丘の景色の中に、かがり火に囲まれたバルバラ商会会館の中庭が顔を覗かせる。


「来ましたよ、クルト!」


 ヘレッタの声。身体を休めていたらしいクルトたちが、慌てて立ち上がる。


 僕が転移門を潜り、マズルカとポラッカ、サーリャ、姿を消したエレメンツィアが続く。最後にウリエラが通り抜けると、転移門は収縮し、閉じて消えた。


 兄さんは。


「マイロ! 来てくれたんだね!」


「助けに来たよ、兄さん」


 いた。クルトたちのすぐ後ろ。広場の中央に立てられた、丸太の足下に。手足に枷を嵌められ、身体中に傷跡が見える。ゾンビだから大丈夫だろうけど。


 それとこれとは、話が別だ。


 クルトが、歩み出た。


「マイロ」


「君たちはそういう、姑息な手は使わないと思ってたんだけどな、クルト」


 苦渋に顔を歪ませるクルトたちの前に進み出て、さっと周囲に視線を走らせる。


 彼ら以外の姿は、見えない。見えないが、居ないはずがない。びりびりと突き刺さるような殺気が、その手の感覚には疎い僕にすら感じられる。


「すまない、マイロ。俺たちには、この子をこれ以上傷つけさせないように、見張ってることしかできなかった。けどよかった、襲撃してくるような真似は避けてくれたんだな」


「面倒だったからね。なんでもいいんだけど、兄さんを返してくれないかな」


「兄さん?」


「君たちの後ろにいるその子。僕の兄さん」


 クルトが怪訝な顔で兄さんを見る。面倒なので説明はしない。


「返してくれないなら、力づくで取り戻すことになるけど」


「ま、待ってくれマイロ! 聞いてくれ、いまならまだ、みんなを助けられる」


 するとクルトは、妙なことを言いだした。


「助ける? どういう意味?」


「こうなったのも全部、アンナターリエのせいだ。あいつがマイロたちを脅してやらせたんだ、そうだろう?」


 それはまあ、半分くらいはそうかもしれない。脅されたというよりは、ウリエラが唆されたのが実際だけれど。


「それで?」


「マイロたちも被害者だ。それをわかってもらえれば、きっと罰だって軽くなるはずだ! 俺たちも必ず味方する。だから、これ以上罪が重くなる前に……」


 ええっと?


 思わず、ウリエラたちと顔を見合わせてしまう。みんな困惑した表情だった。よかった、戸惑ってるのは僕だけじゃなかった。


「つまり、なに? 僕に出頭しろって言ってる?」


「あ、ああ。このままだとマイロたちは、賞金首として追われ続けるんだぞ。いつまでも逃げられるはずがない」


「だから、君たちに首を垂れて、罪人としての枷を背負って生きろって?」


「このままじゃ殺されるんだぞ!」


 彼はなにを言ってるんだろう。


 仮に、アンナが主犯だと認められたとして、実行犯であるウリエラ、その主である僕の罪科がゼロになるわけじゃない。多くの人間を殺しながら、主犯じゃないからと減刑された、愚かで邪な死霊術師の出来上がりだ。


 するとどうなるか。


 生涯にわたって僕は、人々の憎しみのはけ口として、都合よく使い潰され続ける。いつでも傷つけていい人間になる。赦しを請い続けることを強要される。


 死んだほうが、ずっとましだ。


「なによりそれは、ウリエラに罪を被せるのと同じだ。僕はね、クルト。ウリエラを赦したんだ。だからその提案は、受けられない」


「マイロ! いつまでも死者と一緒に生きるなんて、出来るはずがない!」


 ウリエラの手を取り、右手をクルトに向ける。


「いいや。僕は、死者とともに生きる生者だ。兄さんを返して」


「よせ、マイロ!」


「クルト様、ダメです……」


 セルマが聖典を取りだす。ヘレッタが杖を、ダナが弓を、ダグバが戦斧を構える。


「ウリエラ様に、『空白』が宿っています。もう、引き返せません!」


 引き返せないんじゃない。そもそも僕は、死んだように生きていた人間だ。僕の生は、兄さんの死から始まったんだから。


 最初からクルトたちとは、立っている側が違っただけのことだ。


「マイロ!」


 右手に呪霊を捕まえる。彼らとはそれなりに縁があったし、殺さないようにしてあげられるかな。無理だったら、まあ、仕方がない。

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