第132話:拍子抜けな再開

「お嬢様!」


「あ、ちょっと、エレメンツィア!」


 馬車に向かって駆け出すエレメンツィアを止めようにも、僕の手は虚しく霊体をすり抜けるばかりだった。


「ひっ! ゴースト!?」


 唐突に姿を現した亡霊に、御者が慌てふためく。馬車の上では男性が、エレメンツィアと女性たちの間に立ちはだかるように、咄嗟に腕を広げた。


「お嬢様……!」


 農民たちが悲鳴を上げ、馬たちも恐れ嘶きを上げる。


 ただ、馬車の後部に座っていた女性だけが、目を丸くしながら、男性の脇から身を乗り出してエレメンツィアを見つめている。


 赤い髪の、ドレス姿を纏った、気の強そうな女性だった。


「……エル、ですの?」


「うん、マギーお嬢様」


「君、まさか、エレメンツィアか」


「はい、旦那様」


 思いがけぬ再会に、馬車に乗る家族たちは、みな唖然としている。そんな中でマルグリットは、慌ただしく馬車から降りると、エレメンツィアに駆け寄った。


「エル……ああ、エル! きゃっ!」


 腕を開いて駆け寄ったマルグリットは、そのままエレメンツィアの霊体をすり抜け、勢い余って地面に倒れこんだ。


「お、お嬢様、大丈夫?」


「いたた……ふ、触れられませんのね。ああ、エル、本当にゴーストになってしまったのね」


「うん……あれ?」


 そこでようやく、エレメンツィアはなにかがおかしいことに気付いたらしい。マルグリットと、その家族と、そして僕らの間で視線を行き来させる。


「……お嬢様、生きてる?」



「ずいぶんとまあ、拍子抜けなオチですね。死者の魂がなにに影響を受けて動くのか、見極めるチャンスかと思ったんですけど」


「生きていたことを残念がるんじゃない。これだから死霊術師は」


 マズルカの口ぶりだと僕も含まれてしまうのだけど、魂を理解するまたとない機会と思っていたことも確かなので、あまり偉そうな口はきけない。


 当のエレメンツィアは、僕らが見守る道の向こう側で、マルグリットらと再会を喜んでいる。漏れ聞こえてくる話からすると、どうやらロック鳥に攫われていく途中、幸運なことに別の冒険者に助け出されていたらしい。


 治療を受け、一命をとりとめたマルグリットだが、すぐにパーティの仲間たちの、特に、ずっと一緒に暮らしてきたエレメンツィアの死を知り、冒険者を引退。魔術学院も退学し、実家に帰っていたらしい。


 それがもう、五年も前の話だったそうだ。


 バンシーとして彷徨っていたエレメンツィアには、ほとんど意識もなかったようなものだった。彼女の時間は、五年前で止まっていたのだ。


「ごめんね、お嬢様。守れなくて、ごめん」


「どうしてがあなたが謝るの、エル。謝らなくちゃいけないのは、わたくしの方ですわ。それもこれも、わたくしの無鉄砲が招いたことですもの」


 なにはともあれ、エレメンツィアはマルグリットと再会することが出来た。


 それならもう、僕たちの地上での役目は終わりだ。


「帰ろうか。これ以上ここにいても、邪魔になっちゃうだろうし」


「よ、よろしいんですか……?」


 ウリエラの視線は、ちらちらとエレメンツィアを見ている。


 惜しい気持ちはわかる。彼女に協力してもらって、まだまだ調べたいことがたくさんある。


 でもさすがに、あそこに割って入って、エレメンツィアはダンジョンに連れ戻します、なんて言えるほど人間としての感情は捨てていない。


「相手が生きていたのだ。エレメンツィアはもう、彼女のもとを離れないだろう」


「わたし全然エレメンツィアおねえちゃんとお話できなかったなー」


 木に化けてるね、なんて言ってたサーリャも待っている。周囲に見咎められる前に、さっさと離れてしまおう。


 踵を返して立ち去ろうとする僕らの中で、ひとりだけ動かない影があった。


「アンナ?」


「本当に、死者に甘いですね、マイロ先輩」


 いたずらっぽく、嬉しそうに吊り上がった口元が、フードの下に覗いていた。


「いくらなんでも言えないでしょ、お嬢様は見つけたんだから、もっと僕らに協力してくれ、なんて」


「いいえ、いいところだと思いますよ。そんなマイロ先輩だから、私は王になってほしいと思っているんです。でも……」


「でも?」


「彼女の気持ちは、どうですかね」


 アンナが意味ありげに振り返った先には、こちらに向かって歩いてくるマルグリットと、付き従うエレメンツィアの姿があった。どうしたのだろう。


「あなた様ですのね、エルを連れてきてくださったのは」


「あ、いや」


 マルグリットは僕の前に立ち、洗練された所作で、見事なカーテシーを披露してくれる。これまで社交の場になんて立ったことのない僕は、不格好なお辞儀を返すことしかできなかった。


「わたくしはグラストンの娘、マルグリットと申しますわ」


「僕は、えっと……ちょっと名乗れるような身分じゃなくて」


 フードを掴んで引き下げ、なるべく顔を見せないように俯く。皆が後方から、固唾を呑んで見守っているのが感じられた。


「構いませんわ、恥ずかしがり屋の死霊術師様、としておきます」


 思わず顔を上げて、エレメンツィアを見てしまった。だがすぐに、マルグリットは首を振る。


「エルからはなにも聞いておりません。いまはもう、昔の話となってしまいましたけれど、わたくしこれでも、学院で学んだ魔術師ですのよ。それに、ゴーストを連れて来られる方なんて、他に考えられませんわ」


 そうだった。豪族のお嬢様の印象が強くて忘れそうになっていたが、彼女もかつては冒険者だったのだ。ウリエラたちを見て、みながゾンビだと見抜いたのだろう。


「どうか、お礼を言わせてくださいまし。わたくしは、わたくしの冒険心に付き合わせて、エルを死に追いやってしまいました。エルのことを思って、どれほど眠れない夜が続いたか。いまでも時折、夢に見ていたんですのよ。それが、ゴーストとはいえ、こうしてまたエルと話すことが出来るなんて」


「僕は、別になにもしてないよ」


「いいえ、我を失っていたエルを、正気に戻してくださったのでしょう?」


 それも僕がやったことじゃない。捕まえてくれたのはサーリャだし、狂気を鎮めたのもアンナだ。


「どうぞ、屋敷へおいでくださいな。せめてものもてなしをさせてくださいませ」


「いや、その、それは……」


 どうしよう。


 いままでこんな風に誘われたことなんて一度もなくて、正直どうすればいいのか、まったくわからない。


 ウリエラを見る。ウリエラはすごい勢いで首を横に振った。たぶん彼女も謎に緊張している。


 マズルカを見る。ため息をつかれた。


「あー、なんだ。申し出はありがたいが、遠慮させてもらう。アタシたちと関われば、そっちにも迷惑がかかるかもしれない」


「それは、ガストニアの冒険者がいま、血眼になってある死霊術師を探しているから、でしょうか?」


 突然に切り込まれた直球の質問に、僕らは揃って言葉を飲み込んだ。それがそのまま、答えのようなものだった。


 空気が張り詰める。マズルカとウリエラが、かすかに身構えた。ポラッカも、それとなく周囲を窺っている。


 だがマルグリットは、僕らのそんな反応に、慌てたように両手を振る。


「あ、ち、違いますわ! 皆様を通報したりするつもりなどございませんの! ただ……もしなにか皆様に関係があるのなら、お耳に入れておきたい話もあるのです」


 マルグリットは神妙な面持ちでそう言うが、はて、どういうことだろう。彼女から僕になにか伝えてくるような話など、毛頭心当たりがない。


 けれど、続く言葉に、僕は耳を疑った。


「死霊術師の使うゾンビが教会に捕まったと、そんな噂を聞いておりますわ」

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