第130話:魂の行き先
夢中になってしまった自分たちに反省しながら、魂を解析しようとするのはいったんやめにして……というわけではなく、むやみやたらに調べるのではなく、エレメンツィアの仕えていたお嬢様、マルグリットを探すことに方針を絞る。
そう決めて、ウリエラやアンナだけではなく、マズルカやポラッカ、それにサーリャも交えて、エレメンツィアと共にテーブルを囲んでいる。みんなで方針を考えることにしたのだ。
しかし、特定の魂を探すのは相当に難しい。
まず、僕らにはまだ魂を認識することが出来ない。したがって、目視で探せるのはエレメンツィアひとりということになってしまう。
そしてなにより、どこを探せばいいのか、まったくわからない。
「死んだ場所じゃ?」
エレメンツィアは不思議そうに首を捻るが、話しはそう簡単ではない。
なにせ、ロック鳥に攫われたというマルグリットが、最終的にどこで死んだのかが分からない。だからこそエレメンツィアも、バンシーとなって彷徨っていたのだ。
では、死んだ場所を探せばいいかというと、そうとも言えない。
「死んだ場所に魂が残ってる保証がない」
「ん……」
エレメンツィアが押し黙り、わずかに眉を顰める。
実際に見たのは彼女だけなのだが、死者の魂は、なにもない城の廊下を漂っていたという。時間経過で死体が消失したあともその場に留まっていた、という可能性も否定はできないが、肉体との繋がりが残ったままの魂もいたというなら、話は別だ。
おそらく死者の魂は、死んだ場所や死体の有無にかかわらず、移動できる。意識的に移動しているわけではないかもしれないが、少なくとも居場所は変わる。
しかも。
「たぶんだけど、床や天井を抜けて階を跨ぐことも出来る」
「なぜ?」
この「なぜ?」は、「私にはできないのに、なぜ?」の意味だろう。
ここ数日で試してもらったのだが、エレメンツィアは、サーリャが変形しただけの壁はすり抜けられたが、ダンジョンの壁や床をすり抜けることは出来なかった。
おそらく、ダンジョン自体が魔術によって構築されており、常になにかしらの術式が走り、魔力が流動し続けているためだろう。
しかしそれは、あくまでもゴーストは通り抜けられない、という話だ。
「エレメンツィアは、霊体っていう魔力で出来た肉体を持ってるから、魔力が通っている物体は通過できないんだ。けれど、魂は魔力を持たない」
「だから、ダンジョンの壁も越えられる……わ、私もあり得ると思います」
「そんな」
エレメンツィアは肩を落とし、顔を俯かせる。
可哀相だとは思うが、まず前提条件を確認しなければ、捜索は難しい。
「じゃあ、他の人の魂が、どこに向かって動いてるのか調べてみるとか?」
自身の一部であるテーブルに突っ伏しながら、サーリャがぼんやりと言った。
「長期的な研究としてはありだけど、いまは難しいかな。死んだのがどんな人なのか、どうして死んだのか、その魂がどこへ向かう傾向があるのか。検証しないといけない要素が多すぎるよ」
「そっかあ」
死者の魂が、死後どんな動きをするのか。確かに研究対象としては、この上なく興味深い話だ。けれど今は、とにかくマルグリットを探す方法を考えなくては。
「考えたのだが」
ぼそりと呟いたのは、マズルカだった。
「ゴーストと魂は違うのか?」
「え?」
あんまりにも根本的な疑問過ぎて、変な声が出てしまった。
「えっと、いろいろと違うところはあるけど、やっぱり『空白』によって霊体を得ているかどうかで……」
「違う、それくらいわかっている」
すげなく言い切られてしまった。
「あ、あの、どのあたりを疑問に思ったんですか?」
「ダンジョン内のモンスターは別として、ゴーストが現れる場所は、相場が決まってるだろう。当人の死んだ場所か、強い未練のある場所だ」
「そうだね。強い恨みを抱いて死んだ人が、ゴーストになって復讐に現れる、なんて話もあるよね」
それがどう関係するのだろう。
しかし、次の言葉を待っているとマズルカは、なぜ誰も気づかないんだ、とばかりに怪訝そうな顔をした。
「魂も同じではないのか?」
「え、あ」
「最期に抱いていた未練がゴーストを突き動かすというのなら、魂も未練に惹かれるんじゃないかと思ったんだが。霊体を得ていないとしても、最期の心残りが消えるわけではないだろう」
そうだ。まさしく、なぜ気付かなかったのかって思われても仕方がないほど、真っ先に考えられる可能性じゃないか。
「ダメだな、ついついゴーストと魂は別物だって、切り分けて考えちゃってた。魂も未練の影響を受けるなんて、一番あり得る話だったのに。ありがとう、マズルカ!」
「いや……私も単なる思い付きだが。魔術師のような考え方はできないしな」
「でもおねえちゃん、すごく一生懸命考えてたもんね」
「余計なことは言わなくていい、ポラッカ」
恥ずかしそうに顔を背けるマズルカの思い付きは、暗中を探ろうとしていた僕たちにとっては、これ以上ない光明だ。
「エレメンツィア、なにか君のお嬢様の未練になるようなこと、心当たりはない?」
「ん、そう言われると……」
エレメンツィアは少し考え、すぐに顔を上げた。
「弟」
「弟がいたの?」
「もうすぐ生まれるはずだった。顔を見に行きたいって、言ってた」
ということは、まず探すべきところは。
「お嬢様の、お屋敷」
「ってことになるね」
しかし、そうなると次の問題が浮上する。
「また地上に行かないといけない、かあ」
「ど、どうしますか……?」
正直に言えば、気は進まない。自ら危険に飛び込んでいくようなものだ。ダンジョンの中に居ても危険なのは同じなのだが、少なくとも書庫の中は安全だし、モンスターたちは積極的に僕らを狙って探したりしない。
が、しかし。
「……」
無言で僕を見つめてくる、半透明の目を見つめ返す。エレメンツィアは僕の家族ではない。マルグリットのことも、まったく知らない。
けれど彼女は、僕の頼みを聞いて、不躾な僕らの質問に誠実に答えてくれた。なにより、死者である彼女との約束を、ないがしろにすることなんてできない。
「行こう。エレメンツィアの未練を晴らしに行くんだ」
みんなは呆れたような、少し安心したような顔で頷き、アンナは、妙に嬉しそうな顔をしていた。
「……ありがとう」
最後にエレメンツィアが、神妙な面持ちで頭を下げた。
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