第129話:研究者たち

 果たして、エレメンツィアの目に映っているものが、魂なのか否か。それをどう判別したものか、僕にはもうひとつアイデアが出てこない。


「その判別、私が試してみても構いません?」


 どうしたものだろう、と考えていたところ、アンナがそう名乗り出てきた。なにか案があるというのなら、ぜひ聞いてみたいところではある。あるのだが。


「なんか妙に乗り気じゃない……?」


 もうひとつアンナの真意が読めなくて、二の足を踏んでしまう。


「ひどいですねー、マイロ先輩も私を疑うんですか?」


「疑われるようなことしかしてないからね」


「フフ、だって先輩が面白いんですもん。でも安心してください、いまあるのは純粋に探究心です。ゴーストが見る世界を分析する機会なんて、そうそうありませんし」


「だったらいいんだけど」


 いまのところ、ウリエラにもいいアイデアは浮かんでいなさそうなので、この際なんでも試してみるしかない。


「どうするつもりなの?」


「まあまあ、任せてください」


 アンナはなにを説明するでもなく、エレメンツィアの前に座り、その目をじっと覗き込む。紫の目に見つめられたエレメンツィアは、肩を強張らせ身じろぎした。


 緊張、警戒。そんな様子が見える。無理もない、アンナが吸血鬼であることは、彼女も承知だ。


「さて、エレメンツィアさん」


「……なに」


「私たちを見て、他になにか気付くことはありませんか?」


「他に……?」


「なんでも構いません。そもそも私たちには、なにがどう見えているのかわかりませんし」


 聞かれたエレメンツィアは、怪訝な表情で僕たちを順番に見回していく。


 その様子を見守りながら、僕も少し考えてみた。


 他に気付くこと。なにがあり得るだろうか。エレメンツィアは、ポラッカやサーリャの身体が以前と、生きていた頃と違うことを見抜いた。仮にそれが、魂を見ていたからだとして、他に変化が起こり得そうなこと。


 あ。ひとつある。そしてこの話も、エレメンツィアには教えていない。


「……?」


 エレメンツィアの目が、ウリエラで止まる。それからアンナを見て、また僕たちをぐるりと見まわし、ウリエラとアンナの間で行き来する。


「なんか、変」


「変、と言いますと?」


「あなたと、その子」


 アンナとウリエラを指さす。


「なにもないところがある」


 僕とウリエラは、顔を見合わせた。これは、間違いないかもしれない。


 アンナが吸血鬼であることを、エレメンツィアは知っている。だが、ウリエラがアンナに唆された結果、『空白』と繋がっていることまでは、教えていないのだ。


 聖典によれば、魂を穢し、歪めるという『空白』。なにもない、という表現がそれを表しているのかはわからないが、エレメンツィアが、ウリエラとアンナの共通点を見出したのは間違いない。


「これはもう、ほぼ決まりでいいんじゃないでしょうか」


 得意そうな顔でアンナが振り返る。


 異論はない。


 やはりゴーストには、魂が見えているのだ。



 僕たちはそれから、寝食すら忘れる勢いで、エレメンツィアから様々なことを聞きだしていった。


 例えば、どうやらゴーストの身なりは、意識すれば変えられること。鎧を脱ぐことも、寝間着姿にも自在になれる。ただし、記憶にある服にしか変われないようだ。


 これも重要な情報だ。霊体は、魂が持つ記憶によって形成されていると言える。


 それに、感覚らしい感覚はあまりないようだ。唯一、魔力を通した物体に対しては、触れている感覚があるという。


 一度書庫を出て、ダンジョンの中を見に行ってもみた。


 僕らにはなにもない通路にしか見えなかったが、エレメンツィアの目には、辺りを漂っている魂の存在が映っているらしい。人や、あるいは人以外のものも。おそらくは生前最後の姿で彷徨っている。


 聞いてみると、彷徨っている魂の中には、なにか細いつながりのようなものが、どこかへ続いているものもいるそうだ。おそらく、まだ死体が残っているのだろう。逆に言えば、それがないものは、もう死体も残っていない。


 重大な発見だ。肉体が消失しても、魂はまだ存在している。


 もしも直接的に魂と接触する手段が見つかれば、肉体に依存せずに死者をリビングデッドに出来るかもしれない。死霊術師として新しい段階に進むことができる。


 僕と、ウリエラとアンナと。三人でエレメンツィアにあれこれと質問しては、わかったことを羊皮紙に書き留めていく。マズルカやポラッカに呆れられ、痺れを切らしたサーリャに襲われたりしつつ、保存してあった獣の肉を齧りながら議論を重ねた。


 問題は、僕らに魂を認識することが可能なのかどうか、だ。死霊術の術式にも、魂を顕在化させるものはない。呪霊を作る魔術も、術式というよりは、ほとんど死者の手袋が持つ機能みたいなものだ。


 いや、だが。


 つまり、死者なら死者に接触できる、と考えれば……?


 必要なのは、死者の目だ。死者の目を、僕が持つことが出来れば。


「いつまで続けるの」


 そうして、ウリエラやアンナと魂についての考察を交わし、どれほど経っただろうか。熱中し過ぎて、数時間しか経っていないような、あるいはもう、数か月経っている気さえする。食事や休憩の記憶をたどると、実際は数日といったところだろうが。


 冷たい目をしたエレメンツィアが僕を睨んだのは、そんな頃だった。


「いつになったら、探しに行くの」


 なにを、とは、さすがに聞かなかった。責めるような眼差しが、僕を射抜く。


「いや、でも……特定の誰かを探せるような力はないんだよね? 魂についてもっと理解できれば、君のお嬢様探しも捗ると思うんだけど」


「これ以上待てない。苦しんでる」


「苦しんでる?」


 マルグリットが、という意味だろう。けれど、何故それが分かるのか。


「みな、苦しんでた。きっとお嬢様も」


「あー……少しわかりますね。その感覚」


 思いがけず同調したのは、アンナだった。


「私も、しばらく死んでましたから。意識があるわけじゃないんです。感覚的には、殺された次の瞬間には復活したようなものです。逆に言うと……」


 アンナは、そっと自分の胸に手を当てた。


「死んでいる間、ずっと最後の瞬間に囚われ続けるんですよ。灰祓いとか言って崇められている、あいつらに殺された瞬間に」


 なんとなく僕は、マズルカを見た。


 彼女は、リビングデッドになった瞬間、ポラッカの名前を叫びながら飛び起きた。わずかな間とはいえ、妹をゴブリンに連れ去られた絶望が、起き上がるその瞬間まで続いていたようなものだ。


 ああもう。


 ダメだな、ついつい目先のことに夢中になってしまう。


「ごめん、エレメンツィア。ちょっと、自分勝手すぎた。約束したのにね、君のお嬢様を探す方法を考えるって」

 

「す、すみません、私も、つい白熱してしまって」


「フフ、魔術師が集まると、こうなりがちなのは、何百年経っても同じですね」


 しかしいずれにしても、いますぐ第25階層に行って捜索する、というのは非現実的だ。なにより、他の冒険者に発見されるリスクは、極力避けなくては。


「まずは、どうやって探すか、一緒に考えよう。それでもいい?」


「……うん」


 渋々といった様子ではあったが、エレメンツィアは頷いてくれた。よし、方針変更だ。どうにか、彼女の思いを遂げる方法を見つけなくては。

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