第128話:魂の形

「え、え? 待って、ど、どういうこと?」


「た、魂が見えるって、本当ですか?」


「へえ? 冗談で言っている、って顔ではなさそうですね」


 さらりと言われた言葉に、僕もウリエラも、ついでにアンナまでも、身を乗り出してエレメンツィアに迫る。エレメンツィアは、さほど動かない表情をかすかに引きつらせながら、少しだけ身を引いた。


「たぶん、見えてると思う」


「本当に!? ど、どうして、いや、どんな風に? いまなにが見えてるの?」


 嘘をついてるんじゃないかとか、なにか別の事象を勘違いしているんじゃないかとか、浮かび上がる疑問をかき消すように、鼓動がリズムを速めていく。いままで見えなかった世界の扉が開こうとしている予感が、僕を急かす。


「ん、と」


 つい、とエレメンツィアの視線が動く。手が持ち上がり、指先がウリエラを指さす。


「な、なんですか?」


「ずれてる」


「え?」


「その子も。その子も、その子も。みんなずれてる」


 指先が動く。マズルカ、ポラッカ、サーリャと、順番に指さしていく。僕とアンナは、指されなかった。いったい、なにがずれているというのか。


「それから、その子」


 エレメンツィアは説明するでもなく、もう一度ポラッカを指さす。


「え、な、なあに?」


 その先に居たのは、ポラッカだった。急に見つめられ、珍しく緊張した様子で、マズルカの後ろに隠れてしまう。


 エレメンツィアはポラッカを指さしながら、言葉を探すように視線を彷徨わせる。


「本当は、もっと背が低い。首から下が、違う?」


 まさか。


 確かにポラッカの身体は、元の彼女のものではない。フレイナはポラッカよりも年上で、身長も高かった。


 けれど僕たちは、誰もエレメンツィアにその話はしていない。ぱっと見では、幼い顔立ち程度にしか思えないはず。よしんば首筋の傷から移植に気付いたとしても、ポラッカのもとの身体つきまではわからないはずだ。


「ど、どうしてそう思ったの?」


「……なんか、被さって見える」


「それは、ええと……なにが?」


「少し小さい、その子が」


「小さいって、どのくらい?」


「このくらい。それに、手足にも毛が生えてる」


 いまのポラッカは、マズルカと拳ひとつ分くらいの差で、僕とそう変わらない身長だ。だがエレメンツィアの手は、マズルカの胸元辺りを示した。


 マズルカとポラッカが、目を瞠って顔を見合わせる。


「それ……ほんとのわたしの身体だ」


「ああ、確かにポラッカは、以前はそのくらいの身長だった。だが、なぜ?」


「だから、被さって見えてる」


 エレメンツィアの言葉は変わらない。


 つまり彼女には、ポラッカの本当の姿、もともと持っていた肉体の姿が、いまの彼女に被さって見えている、ということなのか。


 まさかそんな。


「じゃ、じゃあ、サーリャはどう? どう見える?」


 試しにサーリャを指して聞いてみる。


 ログハウスも休憩室も展開していないいま、サーリャは身体全体が巨人のように大きく、背丈で言えば僕の倍以上だ。彼女も、元の身体からは大きくかけ離れている。そして、それもやっぱり、エレメンツィアには話していない。


「その子も、もっと小さい、普通の姿が被さってる。背は私と同じくらい」


 まさしくその通りだ。もともとのサーリャは、エレメンツィアとそう変わらない体格だった。いまもログハウスを展開すれば、そのサイズにはなれるのだが。


「じゃ、じゃあ、ウリエラやマズルカのずれてる、っていうのは」


「同じ姿が、少しずれて被さって見える。でも、あなたたちだけ、ずれてない」


 半透明の目が、最後に僕とアンナを見た。


「僕たちだけが、ずれていない……」


 それが意味するところは。


「ええと、みんなはリビングデッドだからずれていて、僕とアンナは生きてるから、ずれがない……つまり、肉体と魂のずれが、ってこと?」


「さあ。目が変になったのかと思ったんだけど、魂って言われて、そうかなって」


 エレメンツィアは、目元を擦りながら、そんな呑気なことを言う。


 けれど僕たちは、それどころではなかった。本当に彼女に見えているのが、魂だとするならば。


「これ、どう思う? 魂が見えてるってことでいいのかな」


「ど、どうなんでしょう。まだそれが魂だとは、断定できないですし……私たちがゾンビだと聞いて、そう錯覚しているのではないとも、言い切れません」


「でもそれだと、ポラッカさんやサーリャさんの生前の姿を見抜いたことは、説明できませんよね。少なくとも、相手が死んだ時点での背格好を認識できる、というのは事実ではないかと」


 そう、アンナの言う通り、彼女にはポラッカやサーリャの本質が見えている。それは間違いない。


「ちなみにアンナは、二百年前もその姿だったの?」


「そうですよ? 吸血鬼は、吸血鬼になった時点の姿で永久を生き、その姿で肉体を再構築して復活しますから」


「でしたら、アンナさんにずれがないことも、筋は通りますね……」


 ふうむ。


 なにかないだろうか。彼女が見ているものが、魂なのかを断定できる材料は。


「……というか、だ。アンナ、なぜお前まで普通に参加している」


 果たしてエレメンツィアにはなにが見えているのか、と考えようとしたところで、マズルカがぼそりと口を挟んだ。


 は、言われてみれば。


「む、仲間外れにするつもりですか、マズルカさん。それとも、魔術師同士の目線で話せないから、嫉妬しちゃってますか?」


「違う! お前のような魔術師なら、魂の在り方など知っているんじゃないのか!」


 うっかり忘れそうになるのだが、アンナの正体は、二百年前に灰色王に仕えていた、永劫を生きる吸血鬼、アンナターリエなのだ。この世界の真理くらい、見ていてもおかしくない。


 と、僕も思っていたのだが。


「まさか。なんで私がマイロ先輩を、先輩って呼んでると思ってるんですか?」


「え、後輩のふりして僕に近づくためじゃないの?」


 じゃなかったら、生きてきた時間で言えば僕なんか足元にも及ばない彼女が、僕を先輩と呼ぶ理由がない。


「違いますよ。死霊術を習得したのは、復活してからなんです。だからこの分野では、私は本当にマイロ先輩の後輩なんですよ」


「な、なるほど……?」


「ついでに言うと、黒魔術もそれなりに使えはしますが、単に戦うための手段として使っているだけなので、世界の在り方を研究したりしたことないですから。そういう意味でも私、マイロ先輩のこと、ちゃんと先輩として慕ってますから」


「ちょ、ちょ、ちょ」


 とか言いながら、アンナは僕にすり寄って来ようとする。


「な、なにしてるんですか!」


「離れろ、お前!」


 その間にウリエラとマズルカが割って入り、


「おにいちゃん、こっち!」


「マイロくんを誘惑しないでよ! 次は私なんだから!」


 僕はポラッカとサーリャに引き離された。


「いいじゃありませんか。マイロ先輩への好意を伝えようとしただけですよ」


「よ、よくありません! 絶対なにか企んでますよね!」


「いいえー、そんなことありませんよー」


「こっちを見て言え!」


 途端に、書庫の中はぎゃあぎゃあと姦しくなって。


「……早くして」


 エレメンツィアだけが、静かに焦れていた。

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