第127話:事の成り行き
待望のゴースト、エレメンツィアとの和解に成功した僕らは、ひとまず腰を落ち着け、お互いの話を聞くことにした。
僕としては、手っ取り早く身体的な知覚や、魔力を操っている感覚はあるのかなど聞き出してみたかったのだが、マズルカに仕切られ、それぞれの立場を明確にしようということになったのだ。
そうしてエレメンツィアが話してくれたところによれば、彼女はもともと、貿易で財を成したある富豪に仕える、執事の家に生まれた娘だったそうだ。
同じ頃に生まれた富豪の娘マルグリットの、遊び相手兼護衛役を任されることになったエレメンツィアは、幼少期から剣の腕を磨き、十五を数える頃には、大の大人相手に立ち回れるほどの腕前に育っていたという。
一方でマルグリットは、聡明ながら奔放な人柄であった。
幼い頃からエレメンツィアを伴って、家の庭で冒険を繰り広げていたマルグリットは、魔術への適性が認められるなり、即座に魔術学院への入学を決心。家を継がせるため、経営を学ばせようとしていた親の反対を押し切っての断行だったとか。
当然、エレメンツィアもこれに同行し、お付きの世話役として学院に入った。
ない話ではない。貴族の子弟が入学するときなど、学生自身の(あるいは家の)私費で生活することを条件に、世話役を同伴することが可能なのだ。
そして、彼女たちもやはり、ダンジョンへ赴くことになる。エレメンツィアは反対したものの、冒険好きのマルグリットが躊躇うはずもない。気付けばマルグリットは、さっさとギルドへの登録を済ませ、パーティまで組んでしまっていた。
幸いマルグリットは人を見る目も確かで、彼女が見繕った冒険者たちは、すぐに信頼できる仲間となった。腕も人柄も問題なく、エレメンツィアたちは順調にダンジョン探索を進めていく。
そして、第25階層で終わりを迎えた。
「……考えが、甘かった。敵は、前か後ろからしか来ないって、思い込んでた」
ロックジャイアントと戦っている最中のことだったそうだ。
エレメンツィアは他の前衛と共に戦線を維持し、マルグリットら魔術師が後方から支援する。お手本のような陣形。
だが彼女たちは、戦っている目の前の相手に、気を取られ過ぎていた。
突如として上空から飛来したのは、ロック鳥だった。気付くのが遅れた魔術師たちを襲撃すると、マルグリットをその鉤爪で掴み、連れ去っていく。
一瞬のことで、誰も反応できなかった。動揺がパーティ全体を襲い、戦線は崩壊。エレメンツィアも、その場でロックジャイアントに叩きつぶされ、死んだという。
そして気付けば、エレメンツィアはここに居た。
「なんていうか、災難だったね」
よくある話と言えば、よくある話だ。本人には言わないが。
いまさら言うまでもない話だが、僕らがいるダンジョン、『イルムガルトの大監獄』は、階層によって出現するモンスターも、迷宮の様相も大きく変わる。
それまで洞窟の中や、樹海、地下墓地などを形作っていた迷宮が、第21階層で岩山になることによる最大の変化が、上空が開けていることだ。そのため、ロック鳥のように飛行能力の高い魔物が、冒険者が移動できる通路外から襲ってくることもある。ちょうど僕らが、沼地でサハギンたちから襲撃を受けたのと似たようなものだ。
彼女たちはそれに対応できず、全滅した。冒険者として、ある意味ではまっとうな最期だったと言えよう。
しかしエレメンツィアは、納得できなかった。
「お嬢様を守れなかった。そんな自分を、許すわけにはいかない」
死の瞬間まで頭にあったのは、そのことだけだったという。
結果として、エレメンツィアの後悔と執着が『空白』を招き、彼女をゴーストにした。そして、僕らと出会うまで、マルグリットを探し続けていたのだ。
「それで、いまもマルグリットを探そうとしてる、と」
言葉数の少ないエレメンツィアから、時折質問を挟みながら聞き出した話を統合すると、どうやらそういうことらしい。
「……探さないと」
強い意志で、という雰囲気ではない。エレメンツィアの顔には、そんな気力は残っていない。もはや、ただマルグリットを探すことだけが、彼女の行動原理のすべてなのだ。
あるいはそれは、自らに課した罰のようなもの、なのかもしれない。
「事情は分かったよ」
「……そっちのは、よくわからないけど」
「え、そう?」
僕らの状況も説明したのだが、なにか言葉が足りなかっただろうか。
「死霊術師とゾンビのパーティで、吸血鬼に唆されて地上で大暴れして、ダンジョンに隠れて今はその吸血鬼も一緒にいる」
エレメンツィアが、僕らを順番に指さしながら確認する。だいたいあってる。
「……意味がわからない」
「アタシもときどきわからなくなるが、事実だ」
マズルカが保証してくれるが、どうしてこうなった、って気持ちは否定できないので、僕としては苦笑いするしかなかった。
「事の成り行きって不思議ですよねえ」
「後半は完全にアンナのせいでしょ!」
フフフ、と笑うアンナは、絶対に面白がっている。
ええい、相手にしちゃダメだ。いまはとにかく、エレメンツィアのことだ。
「それで、エレメンツィア」
「どうすればいい?」
「え?」
僕の言葉を遮るように、エレメンツィアは呟く。青白く半透明の目が、僕をまっすぐに見つめている。見つめ返すと、向こうにある書棚がうっすらと透けて見える。髪にも肌にも目にも色味がなく、元の色はわからなかった。
「どうすれば、お嬢様を探してくれるの」
射貫くように、念を押すように、エレメンツィアは言った。
これはあんまり、悠長にいろいろ聞いたり試したりはできないかもしれない。彼女の第一目標は、あくまでマルグリットを探すことだ。それに背くようなことをすれば、きっと彼女はすぐに出て行ってしまう。
まず、目的をはっきりさせなければ。
「僕がいま研究したいのは、魂についてなんだ」
「魂?」
「そう。ゴーストについても詳しく調べたいんだけど、突き詰めればそれは魂について知るってことだ。魂を知ることが出来れば、死霊術師として次の段階に行ける、きがするんだ」
人の本質、生命の原動力である魂。『言葉』によってあるとされているし、死霊術師は魔術を以て魂を取り扱う。
けれど僕たちは、結局『言葉』を切り貼りして再構築した術式で、魂らしきものを死体に入れているに過ぎない。その観測もできていなければ、本質を理解することも出来ていない。僕らは魂を見ることは出来ないから。
「魂を識ることが出来れば、もしかすれば、エレメンツィアのお嬢様探しにも役立つかも」
「うん、わかった」
最後のは、ちょっと取ってつけたような理由だったけど、エレメンツィアは頷いてくれた。
「それじゃあ、まず聞きたいんだけど」
「見えているものを話せばいい?」
「え?」
見えているものとは、どういう意味だろう。僕が理解できずにいると、エレメンツィアは付け足すように言った。
「いま、魂が見えてる、と思う」
……どういう意味だろう。
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