第120話:死霊術師の成長
さて。
書庫に仮設してもらった休憩所で身体を休め、今後について考えを巡らせてみたわけだが。
「僕が強くなる方法ってなんだろう」
根本的な問題に直面していた。
「え、ええと、新しい術式を覚える、とかでしょうか」
「うーん、それなんだけど……」
ウリエラやマズルカと一緒に書庫の中を見て回ると、やはり棚には物々しい魔導書たちが並んでいる。生命と死、世界の構造、解剖学。イルムガルトは、様々な魔術を自在に操っていたと聞くが、なるほど、黒魔術に限らず、白魔術や死霊術に通じる文献も多い。
僕らの一生では、ひとつの系統の魔術を極めることすら難しいと言われている。ここに並んでいる書物の中身を理解するだけで、人生が終わってしまいそうだ。
ただし。
「死霊術だけは、ある意味で完成してしまってるんだよね」
「どういうことだ?」
死霊術は、死者の魂を肉体に繋げ、仮初の命を与える。極端な話、これがすべてなのだ。
「例えば僕自身が新しい術式を使えるようになって、強くなるとか、そういう余地が特にないんだよね……」
黒魔術であれば、より強力な攻撃魔術や、空間を繋げるような便利な魔術が使えるようになる。白魔術にしても、欠損した部位を再生したり、刃を通さないほど身体を強靭にすることも出来るようになるのだ。死者の蘇生だけは、誰も成功してないが。
それに比べると死霊術は、死体を操り人形にするか、あるいはリビングデッドにして、死者の力を借りることで成立している。
「例えば、傀儡ゾンビを一度にたくさん、精密に操作するようになる……のは成長かもしれないけど」
一見すれば、低コストで戦力を一気に強化する手段だが。
「それは、死霊術師としての成長とは、あんまり関係ないからなあ」
指揮能力の問題だ。しかも自発的に判断できない傀儡ゾンビを、戦闘中に複数制御するのは、あんまり現実的ではない。術師側の処理が追い付かないのだ。僕は三体が限界だった。
「事前に命令を仕込んでおくことは出来ないのか?」
「出来なくはないよ。前にウリエラが、ボーン・サーバントで建築してくれたみたいに、あらかじめ決めておいた動作を実行させることは出来る。ただ……」
「今度はなんだ」
「どう動かせばいいのか、僕が分からない」
戦闘における強さとは、肉体の強度もあるが、肝心なのは動作の経験だ。どう攻撃すれば効果的なのか、どう避ければ次の攻撃に繋げられるのか。その動きを考える僕に、白兵戦の経験が全くない。
「人型ならまだしも、獣とかみたいなゾンビになると、もうさっぱりだ。そいつが敵だったときの動きを真似して、場当たり的な指示を出すしかなくなっちゃう」
狼のゾンビを操っていたときなどは、完全にこのパターンだ。噛みつけとか、どっちに跳べ、みたいな大雑把な指示で、どうにか戦わせていた。
「一応、手練れの戦士の動きを学習したうえで、いろんなゾンビにその行動パターンを書き込む、っていう研究もある。結局、その動作が可能な身体能力がゾンビ側にないと意味がない、って結論になったけど」
無双の戦士の経験を、並のゾンビに書き込んでも、動きに身体が追い付かない。出来上がるのは、動作の鈍い戦士の群れだ。
お手軽に練度の高い兵士を揃えるなんて、夢物語なのである。
「冒険者パーティを補強するくらいならともかく、軍に匹敵する力を、って言うのは難しいなあ。あとはもう、みんなの死体に、強い死体をつぎはぎしていくか、だけど、これもやっぱり僕自身の成長じゃないし」
みんなの強さが僕の強さだ、なんて言えばそれっぽいかもしれないけれど、それが死霊術師の実態だ。一騎当千の力なんて持ちようもない。死者たちの支えがあって、初めて成立する魔術師。
つまるところ、社会から身を守る力を得ようとするなら、信頼できるリビングデッドを、徐々に増やしていくしかない。
気が遠くなる。そんなんで生者に対抗できるはずもない。やっぱり、どこかに隠れ住んでいる方が現実的に思えてくる。
「あ、あの、ひとつ気になっていたことがあるのですが」
「ん、なになに?」
ぽそぽそと囁く声に、萎えかけていた心が刺激される。ウリエラの気付きは、いつも僕を前に進めてくれる。
「その……ゴーストを作ることは、出来ないんでしょうか」
「ゴースト、かあ」
ウリエラの命を奪った、アンデッド。
死者の魂がなんらかの要因で『空白』と繋がり、摂理を捻じ曲げ、再びこの世界に接続してくるのがアンデッドだが、ゴーストはこの中でも特殊で、物理的な肉体を持たずに出現する。
魔力で霊体を作っている、と言われているのだが、詳しいことはまだあまりわかっていない。実を言えば、ゴーストについてはまだ研究があまり進んでいないのだ。
魔術でアンデッドを再現するのが、死霊術の基本的なアプローチだが、ゴーストの再現に成功したという話は聞いたことがない。霊体がどういう原理で構築されているのか、誰も究明できていない。
「す、すみません、単なる思い付きで。ゴーストが仲間になったら心強いかな、と思っただけなんです」
「ううん、無意識に考えないようにしてたかも。少なくとも僕には作れない、けど」
ウリエラの言う通り、戦力としては申し分ない。
なにせ、物理的な攻撃は一切通用しない。少なくとも魔力を伴う攻撃でなければ、すべてすり抜けてしまうのだ。そのくせ向こうは、どうやってかこちらの心臓を止めてきたりするのだから、厄介極まりない。
ダンジョンでも、ゴーストを含むアンデッドが出現する階層が、探索の大きなネックになっている。
もしもゴーストについて理解することが出来たなら、死霊術師としてのブレイクスルーになることは間違いない。
「研究してみる価値はあるかもしれない。幸い、ここにはいくらでも資料が揃ってるわけだし。手伝ってもらってもいい?」
「は、はい、もちろんです!」
ようし、単なる思い付きでも、目標が決まればやる気が出る。
僕らはさっそく、ゴーストに関して記載がありそうな書物を探し、書庫の中を駆け回り始めた。
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『第120.5話:マズルカとポラッカに食べられる』近況ノートにて公開。
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