第112話:強さの種類

 目の前に現れたスワンプトードは、とにかく大柄で、そこにいるだけですさまじい威圧感を放っている。


 デカい。身体もデカいが、口に至っては、牛すら丸呑みに出来るんじゃないかと思えるほどの大きさだ。


 その口が、がばりと開いた。


「きゃあっ!」


「サーリャ!?」


 なにかが高速で飛び出し、サーリャにぶつかって、弾け飛んだ。びちゃびちゃと、周囲にも飛び散ってくる。泥だ。泥の塊を吐き出してきた。


「いったぁ……うぇぇ、どろどろ。なんなの~!?」


「サーリャ、大丈夫?」


「大丈夫だけど、折れちゃいそうだよ~!」


 一番大きくて目立つからだろうか、スワンプトードは矛先をサーリャに定め、ずんずんと地面を揺らしながら迫ってくる。巨体である分、お世辞にも俊敏とは言えない動き、だが。


「このッ、デカブツめ……ッ!」


「行くよおねえちゃん!」


 マズルカとポラッカがそれぞれに飛び出し、スワンプトードの行く手を遮る。


「お返しだよ、このぉ!」


 サーリャも腕を振るう。


 ほぼ同時に肉薄したマズルカが、駆け抜けざまに爪を振りぬく。魔術で強化された脚力の勢いを殺さない、流れるような一撃だ。追随するようにポラッカの放った矢が降り注ぎ、スワンプトードの頭部に突き刺さる。


 二人は姉妹だけあって、身体が強化されたところで、息の合った連携で間断のない攻撃を仕掛けられる。いまのもサハギンが相手であれば、マズルカに気を取られた瞬間に、ポラッカの矢で痛手を与えていただろう。


 だが、スワンプトードは。


「ぐッ!?」


 太く鈍重な脚を片方持ち上げると、さらに追撃をかけようとしていたマズルカに向かって踏み下ろす。うるさい虫を踏みつぶそうとするような、雑な動きで。


 地面が揺れる。飛び退いたマズルカが、バランスを崩した。


「がぁッ……!?」


「おねえちゃん!」


「マズルカ!」


 巨体が、マズルカに激突した。ルーパスの身体が、小枝のように吹き飛んでいく。


「あっぶない!」


 咄嗟にサーリャが、腕を蔦にして伸ばし受け止める。危なかった。そのままだったら、マズルカは沼に沈んでいたかもしれない。


「マズルカ、平気!?」


「く、無事だ、戦える。だがサーリャ、弱体はかけたのか!?」


「かけたよ! ちゃんと術式は動いてるもん!」


 サーリャの言う通り、スワンプトードの身体には、白魔術の術式が走っている。事実スワンプトードの動きは遅い。


 遅いが、重い。重いだけで、十分すぎるほどの脅威なのだ。


「弱体化されてて、あれか……」


「ウリエラの術式が完成するまで、とにかく行く手を遮って! ポラッカは念のためウリエラのそばに!」


「わ、わかった!」


「うん!」


「言われなくても!」


 マズルカが再び飛び出し、僕とサーリャはチャンスに備える。ポラッカは弓を持ちながら、術式の構築に集中しているウリエラの前に立つ。


 見た目通りと言えばその通りなのだが、スワンプトードは、とにかく鈍い。マズルカがどれほど切り付けても、頭に矢が刺さっても、毛ほども気にした様子がない。そのまずんずんと、サーリャに向かって突進してくる。


「嘘でしょ、こっち来るよ!?」


「止めるしかないよ、サーリャ!」


「え、ええーい!」


 頭から突っ込んできたスワンプトードの巨体を、サーリャが受け止める。巨大蛙は受け止められながらもなお、歩を進めようとする。沼に押し込もうって魂胆か。


「ぬ、ぐぐぐぐぐ……!」


 サーリャの脚が、根となって地面に突き刺さる。彼女がトレントでよかった。根を張ってしまえば、さしものスワンプトードの脚も止まった。いまだ。


「マズルカ、上に!」


「任せろ!」


 マズルカがサーリャの身体を駆けのぼり、スワンプトードの頭に飛び乗る。首元に跨って、バグ・ナウの爪を突き立てた。


「この、いい加減に、しろ!」


 繰り返し、執拗に。


 さすがのスワンプトードもこれには堪えたようだ。頭を振り、必死でマズルカを振り払おうとしている。


「ぐっ!」


 マズルカの手が、掴みどころのないぬるりとした蛙の頭から、離れた。身軽に転がりながら着地したマズルカの上に、影がかかる。


 脚を振り上げている。忌々しいネズミを叩きつぶそうと、ひと際高く。


「サーリャ!」


「こんのおっ!」


 サーリャが腕を伸ばす。スワンプトードの持ち上げた脚を、さらに掬い上げるように。重さが武器なら、こっちもそれを利用してやればいい。


 目論見通り、スワンプトードは片足でバランスを取ることが出来ず、盛大に地面を揺らしながらひっくり返った。大地が割れるんじゃないかと思うほどの揺れだ。


 絶好のタイミング。間髪入れずに、ウリエラから尋常ならざる魔力が迸る。


「貫け!」


 お決まりの決定打になった雷の魔術が、スワンプトードの巨体を貫く。相手が一体しかいない分、太く、眩く、強烈な落雷だった。


 もうもうと舞う土埃が、雷撃が晴らした霧の間を埋めるように視界を塞ぐ。


「まったく……とんでもない相手だったな」


 土埃の中から、手を払いながらマズルカが歩み出る。本当に、彼女の言う通りだ。


「でも勉強になったよ。大きくて鈍い相手には、戦い方を変えないといけないって」


 まったく、ほとほとダンジョンは、一筋縄じゃいかないところだ。味方が強くなったと思ったら、より厄介な相手が現れる。もっと対策を練らなければ。


 けどとにかく、スワンプトードは倒した。一息入れたら、また進み始めなければ。


「……待ってください」


「ウリエラ? どうしたの?」


「まだ、なにか」


 倒したと、思い込んでいた。


「んなっ!?」


「おねえちゃん!?」


 マズルカの身体に、なにか巻き付いている。肉色の、土埃の向こうから伸びてきた、太く長いなにか。


「こいつ、まだ……!」


 大きな影から伸びていた。舌。スワンプトードの舌が、マズルカを捉えている。


「ぐ、おおおおおッ!」


 マズルカは、爪で舌を断ち切る。断ち切ろうとした。


「マズルカぁッ!」


 舌に引きずり込まれ、マズルカの身体が、スワンプトードの口の中へ、消えた。

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