第109話:加速装置計画
黒魔術の力で、マズルカたちを強化しよう。そんな思い付きに、ウリエラはものすごい勢いで食いついてくれた。いまも僕の目の前で、真剣な表情で羊皮紙に向かい、羽根ペンを走らせている。
ただし場所はもう、さっきまでの土手道の真ん中ではない。木の壁と天井に囲まれた、広くはないがしっかりとした小屋の中で、机に向かっている。
あのあと。
戦闘明けの休憩から始まった、ウリエラとの術式談義はどんどん加速し、このままゾンビのみんなを強化する術式が出来上がるのでは!?
なんて思ったりもしたのだが。
「いつまでこんなところで話し込んでるつもりだ! いい加減出発するぞ!」
僕とウリエラ、二人揃ってマズルカに大激怒され、地面に書き殴っていた術式の案を大慌てで羊皮紙に書き写し、ダンジョン探索に戻らざるを得なかった。
盛り上がりに水を差された形ではあったが、まったくもって、怒っているマズルカたちが正しいので、文句の言いようもない。
なにせ底なし沼ゾーンは、敵が襲ってくるのは道の前後からとは限らない、危険なエリアだ。僕らは道を外れられないが、サハギンのような水に棲息するモンスターは、平気で沼地を泳いでくる。警戒するにも、非常に神経を削られてしまうのだ。
というわけで、僕らはさらに二度の戦闘を、際どいところで切り抜けながら沼を渡り切り、岸辺へとたどり着いた。下の階へ続く階段は、この岸辺の一角、通り抜けることのできない森に囲まれた、広場に設けられている。
僕らが腰を落ち着けることにしたのは、岸を階段広場とは逆方向に進んだ先の、水辺の一角だ。この階層なら、活動している冒険者もほとんどいないが、階段広場は転移門の設置場所になっている可能性もある。念には念を入れてだ。
サーリャに掘っ立て小屋になってもらい、休憩場所を確保すると、マズルカとポラッカはその屋根の上に陣取った。
ついでに、前の戦闘で作った、サハギンの傀儡ゾンビも一匹立っている。
「見張りはアタシたちがしてやる。ここなら、警戒するのは二方向で済むしな。だが、休むのも忘れるなよ」
「おにいちゃんたち、二人でゆっくり話してね。魔術のことも、それ以外も!」
「壁、めいっぱい厚くしといたから!」
などと、みんなから盛大に気を遣ってもらったおかげで、二人で術式構築に没頭できているのである。
「や、やはり、外部から電撃を送り込んで身体能力を強化する、というのは現実的ではありませんね。私自身、どこにどのくらいの力で電気を走らせればいいのか、皆目見当が尽きませんし……対象の動きに追いつけるとも思えません」
「となると、やっぱり本人の意志……この場合は、アニメイト・リビングデッドの術式に連動させる形にするのが無難かな?」
「そう思います。魂が身体を動かそうとする意志を、術式が魔力に変換することで、死体を動かしているんですよね。そこに電気の力を上乗せすれば、肉体の動作を加速させられるんじゃないでしょうか」
しかし、その術式をいちいち組み立てて発動させるのは、時間がかかりすぎる。戦闘に入った直後に、効果が発動するようにしたい。
「考えたのですが、死体に直接術式を刻んでおいて、本人の意志で起動するようにできないかな、と」
「魔術具みたいに、ってこと?」
「もしくは、隷属の刻印のように、ですかね」
言われてみれば、あれも肉体に刻んだ術式が、特定の条件を満たすことで術者の干渉なしに効果を発動するものだ。術式を走らせるための魔力は、奴隷自身の肉体から供給されている。
「そっか、肉体を魔術具にするっていうのは、別に目新しいことじゃないんだね」
ああ、知見が広がっていく。こればっかりは、魔術師同士で話しているときに得られる、特有の快感だ。ウリエラも、いつも俯きがちな赤い目を、いつになく輝かせているように見える。
「でも確かにそれなら、いちいち術式を組み立てる手間もない。マズルカたちはすぐに身体強化できるし、ウリエラは攻撃魔術の構築に入れる」
「う、上手くいけば、ですけれど」
上手くいかせるんだ。この先ますます厳しくなるだろう戦闘に向けて、僕たちは備えていかなければならない。
「なら次の問題は、どれくらいの威力の電気を与えればいいのか、だね」
「はい……電撃、なんて呼べるほどの出力は必要ないとは思うのですが」
塩梅が分からなければ、術式も組みようがない。
というわけで僕は、先の戦闘で作った、もう一匹のサハギンの傀儡ゾンビを呼ぶ。指示を出して、サーリャの用意してくれたテーブルの上に横たわらせた。
「じゃあ、出来るだけ威力を絞った電気を、脚に流してみてくれる?」
「は、はい。準備しますね」
ウリエラは杖を手に、簡易な雷の魔術を構築していく。術式を見る限り、本当に低威力な魔術なのだが、明らかに以前よりも発動までの時間が長くなっている。
術式の構築よりも、それに走らせる魔力を放出するのに手間取っているようだ。
うーん。『空白』が魔術の行使にどういう影響を与えているのか、これも研究してみたい欲が湧いてくる。
それに、魂に影響を与えるのかどうか。いまのところウリエラの人格が豹変した、なんて様子はないが、あまり楽観もできない。
アンナは、また姿を現すだろうか。彼女にいろいろ聞かなくては。
「出来ました。い、いきます」
考えているうちに術式が出来上がり、魔力が奔り始める。
その途端。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
ばちんっ!
破裂音と共に、サハギンの両脚が弾かれたように跳ね上がり、そのままの勢いで一回転し、テーブルから落っこちていった。
「……」
「……」
恐る恐る様子を窺うと、サハギンの腿の裏側が、真っ黒に焼けただれている。
「……もっと弱くしないとダメだね」
「……みたいですね」
マズルカたちへの実装までは、もう少し時間がかかりそうだった。
◆---◆
『第109.5話:ウリエラに食べられる』近況ノートにて公開。
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