第108話:もっと速く、もっと強く

「アタシたちを強化できるかもしれない?」


 怪訝な声を上げるマズルカに、僕は頷いて返す。


「ど、どういうことでしょう。別の死体と組み合わせずに、ということですよね」


 その通りだ。


 いまさら言うまでもない話だが、リビングデッドの肉体は成長することがない。いまより強い筋力や敏捷力を得ようとするならば、いまより強い肉体と置き換える以外に方法はない。


 ウリエラの髪を張り替えたように。ポラッカの肉体を継ぎ足したように。サーリャの場合は、トレントという自在に形を変える繊維の塊に、全身を置き換えている。


 例えば、この場で彼女たちを強化する方法として、真っ先に思いつくのはサハギンの肉体と置き換えることだ。けれどこれは、あまりいい考えではない。


 どこか一部分だけ入れ替えても、形や大きさや、肉体の出力が全く違うため、全体のバランスを崩してしまうのだ。やるなら首から下を丸ごとサハギンにすることになるが、本人たちの希望でこれは却下されている。


 なので、いま考えているのは、魔術による一時的な強化である。


「白魔術で身体強化をかけるみたいに、魔術で能力を向上させられないかな、って思ったんだ」


「ですが白魔術は、生命力のないリビングデッドには、効果を及ぼしませんよね?」


「そう。だから使うのは、白魔術じゃない」


 ウリエラの言う通り、ゾンビにリビングデッドは効果がない。


 というのも、白魔術は原則的に、対象が持つ生命力に作用することで、効果を発揮する魔術だ。身体を動かす力を強めたり、傷を癒す力や、毒に耐えるを強めたり、あるいは弱めたりする。


 当然のことながら、リビングデッドに生命力なんてものはない。リビングデッドは、死霊術の術式によって肉体と魂を結び、その魔術の効果で身体を動かしているに過ぎないためだ。だから死霊術師のさじ加減で、感覚を弄ることが出来る。


 だから、白魔術は意味がない。


 しかしここで重要なのは、生命力とはなにか、ということだ。


「これは死霊術を学ぶ過程で、人体について調べたときに出てきたんだけれど。どうもその生命力っていうのは、電気の力らしいんだ」


 ちゃぷん。


 真っ白に染まった沼地の中で、水音だけが耳に届く。


「は?」


 最初に戻ってきたのは、マズルカだった。


「え、え? どゆこと?」


「わたしたち、電気で動いてたの?」


 サーリャもポラッカも素っ頓狂な声を上げ、疑問符を浮かべている。


「わ、私もはじめて聞きました。どういうことですか……?」


「まあ、人体の構造を研究した、異端の死霊術師の学説だからね。その論文によれば、生命力って一括りに呼ばれる力は、厳密にはいくつかの違う力に分けられるんだけど、中でも身体を動かしているのは、脳から発せられる微弱な電気なんだって」


「脳が、電気を発する……? 知性を司る部位が、身体も動かしているんですか?」


「そう。まだわかってないことも多かったけれど、人間の魂は脳を介して、電気を使って身体を動かしている、って結論づけてた。少なくとも、電気の刺激で筋肉が動くことまでは、実証されていたんだ」


 ここまでは、生きた人間の話だ。


「でもリビングデッドは、術式が魔力を操作して、魂の指示に従って身体を動かしてる。だから電気の力は使われていない」


「待てマイロ、まさかと思うが、アタシたちの身体に電気を流すつもりか!?」


 さすがマズルカ、察しが良い。


「そう! ウリエラの雷の魔術で、身体を動かす力を上乗せするんだ! そうすれば、白魔術と同じように身体能力を強化できるはずだよ!」


 って、自信満々に言い切ったのだけれど。


「……本当か? 本当にできるのか? さっきの感電でもとんでもない衝撃だったんだぞ。確かにすごい勢いで吹き飛んだが、そんな速さじゃなにも意味ないんだぞ」


 めちゃめちゃ疑惑の眼差しを向けられた。


「……まあ、もちろん、どれほどの威力があれば適切に効果を発揮するかは、検証してみないとわからないけれど」


「あー! おにいちゃん、わたしたちで実験しようとしてるでしょ!」


「マイロくん、ほんとそう言うところ、根っから魔術師だよね……」


 ぐ、思いついた仮説は検証しないと気が済まないっていう自覚はあるけど!


「パーティとしての戦力底上げを思ってのアイデアなのに、そんなに白い目で見なくてもいいじゃないか……」


「お前の好奇心を優先してないって、胸を張って言えるか?」


 えっと、第30階層へ下りる階段はあっちかな? 霧でなにも見えないけど。


「目を逸らすな!」


「もー、ウリエラおねえちゃんからもなんとか言って……おねえちゃん?」


 そういえばさっきから、ウリエラが静かだ。魔術の話には、もっと食いついてくると思ってたんだけれど。


「ウリエラ? なにしてるの?」


 見るとウリエラは、地面に小石でがりがりとなにかを刻んでいる。これは……術式?


「単に電気の力を流すだけでは効率的な運用はできない……身体の動きに連動……いえ、それでは動作が遅くなってしまう……白魔術が生命力の補助であると考えると、本人の意志に連動しなければ意味がない……」


「ウ、ウリエラ?」


 しきりにぶつぶつと呟いて、地面に術式を書きなぐっては、また違う術式を書き始める。すごい集中力だ。僕の声すら聞こえてない。


 と思った矢先、ウリエラの顔が音を立てそうな勢いで僕を見る。


「マイロ様!」


「な、なに!?」


「死体と魂を繋いでいる術式を教えていただけませんか! 連動させることで、筋肉を動かす電気刺激を、対象の意志に直結させられるかもしれません」


「そっか、本人の動かそうとした部分に限定して、電気を走らせるようにするんだね! それだったらアニメイト・リビングデッドの術式を応用して……」


 ウリエラの提案に乗っかって、新しい術式を考案していく。これはまた、死霊術に革命を起こせるかもしれないぞ……!


「おにいちゃんもおねえちゃんも、魔術のことになるとすぐこれなんだから!」


「ほっとけ。こうなったらしばらくは戻ってこない」


「魔術オタク同士を近づけちゃダメだったね……」

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