第102話:これからの話

 ベッドの淵に腰かけていたマズルカが、深くため息を吐いた。


「どうりで、死体にばかりこだわるわけだ」


「結局、僕の正体はマイロでもなかったどころか、本当の生まれも親もわからないままなんだよね。人間不信にもなるでしょ」


「む、むしろそれで、よくケインたちとパーティなんか組んでたね!?」


 サーリャはその隣で、唖然と口を開いている。


「そう? ケインたちなんて、別にたいして実害もなかったよ。単にこっちを下に見て安心したいだけだから、適当にあしらうのも簡単だったし」


「普通そうはならないからね!」


 そうかなあ。


 むしろロドムのように、手元に抱き込もうとするヤツの方が、断然嫌だった。死霊術師としての能力のためだけに、僕を社会的に拘束しようとしていたのだ。


 規模が違うだけで、やっていたことは兄さんの両親と一緒だ。


「マイロくん、メンタルどうかしてるとは思ってたけど……」


「わたしだったら、その場で二人ともぶっ殺してたかも」


 前から思ってたけど、ポラッカは意外と線引きが厳しい子だ。普段は優しいけれど、敵とみなした相手にはとことん容赦がない。


 あそこまで追い込むつもりはなかったんだけどな、とフレイナのことを考えていると、毛布の上に置いていた手が、ひんやりとした手に包まれた。


「私、ずっと不思議だったんです」


 俯いた肩が、小さく震えていた。


「どうしてマイロ様は、帰りを待つ家族がいるはずなのに、ダンジョンに住もうとするんだろうって……でも、そうだったんですね。だから私は、マイロ様の一番最初のリビングデッド、ではなかったんですね」


 ああ、そういえば。


 ウリエラに、そんなことを言ったこともあったかもしれない。でも別に、嘘を吐いたつもりではなかったんだ。


「ううん。ウリエラは、僕が作りたくて作った、最初のリビングデッドだよ。だから君は、僕の一番最初の、一番大事なリビングデッド、のつもりなんだけど」


 握る手に、ぎゅっと力が籠る。


「……で、でしたら、そう言ってほしかったです」


「う、ごめん」


「いえ……これからは私、私たちが、マイロ様の居場所ですから」


 ああ。


 本当に。それだけでいいんだ。


 ウリエラの言葉を静かに受け止めていると、どすん、と、誰かが勢いよく足下に飛び乗ってくる。


「よかったね、マイロ! マイロにも家族ができたんだ。僕、ずっと気にしてたんだからね。ここを出て行ってから、君がどうしているかなって」


「兄さんも、重ね重ねありがとう。でもこのままだと、兄さんたちにも迷惑がかかるかもしれないんだ」


「どういうこと?」


 マイロ兄さんは不思議そうに、首を傾げている。どうやら、街での騒動は耳に届いていないらしい。


 無理もない、ここはただでさえ市街地から遠いし、人もほとんど訪れない場所だ。ましてや兄さんは、基本的にこの家から出ることをしないし。


「いろいろあったんだ。遅かれ早かれ、僕の首には賞金がかかる。この家のことは学院の記録にも残っているはずだし、いずれ追及の手が伸びると思う」


 それだけのことを、僕たちはしている。なにせバルバラ商会を壊滅状態に追い込んでしまったのだ。となれば、市場や冒険者ギルドへの影響も大きい。今後しばらくは、ガストニアの街全体が大きな混乱に見舞われるだろう。


 下手人が誰かと言えば、直接的にはウリエラだけれど、彼女は僕のリビングデッドだ。当然ながら、法的にはすべて僕の責任になる。覚悟を決める決めない以前の問題なのだ。


「も、申し訳ありません、私のせいで……」


「いいって。このことはいずれ、アンナに文句つけるから」


 彼女がクルトたちに倒されている、とはとても思えない。アンナの思惑はまだわからないが、いずれまた姿を現すに違いない。


「だが、実際問題として、これからどうするつもりだ? もうガストニアにはいられまい。どこか遠くに身を隠すか?」


「そうだよねえ、私がログハウスになれるから、住む所には困らないけどお」


 みんな頭を抱えているが、方針なんてひとつしかない。


「ううん。ダンジョンに潜るよ」


 視線が一斉に僕に集まる。


「本気か?」


「いろいろ考えてはみたけど、たぶんそれが一番だと思う」


「でもおにいちゃん、ダンジョンだと、冒険者がたくさん来ちゃうよ?」


 もちろん、それについてだって考えている。


「いままで住んでいた階層じゃ、そうだろうね。だからもっと、深いところに潜る。深く潜るほど内部は広さを増すし、モンスターも強力になる。ダンジョンそのものが要害になるんだ、下手なところに居を構えるより、ずっと安全だと思うよ」


「で、でも、私たちも危険じゃない?」


「いくらかはね。でも、僕らの戦力も、以前とは比較にならないほど上がってる」


 特にウリエラは、『空白』から無尽蔵ともいえる力を引き出せる。それがどんな影響を及ぼすかわからない、という不安はあるが、頼りになることこの上ない。


「それに、僕も今のままじゃダメだ。もっと死霊術師としての腕を磨いて、みんなと自分を守れるようにならないと。そのためにも、ダンジョンはうってつけだ」


 正直、ずっと考えていたことだ。戦闘になったとき、僕はいまのままでは足手まといになる。これからきっと、ダンジョンのモンスターばかりじゃない、人間たちと戦わないといけない場面も出てくるだろう。


 そうなったとき、弱点のままでいるわけにはいかないんだ。


「というわけで、これからダンジョンのもっと深いところを目指そうと思う。目指すのは第30階層よりも下。どうかな」


 みんなが頷いてくれた。よし、方針はそれで決まりだ。


「それで、兄さんはどうする? もしよかったら、僕らと来る? 兄さんの家族も、一緒に来てもいいし」


 ぎょっとした視線が、僕に集まった。どうしたんだろう。


「マイロくん、本気?」


「え、なんで?」


「なんでって、こっちの台詞だよ! マイロくん、ずっと騙されて、殺される寸前だったんでしょ!? なんで一緒に行こうなんて発想になるの!」


 サーリャが喚くと、みんな揃って頷いている。


「いやでも、兄さんは死んじゃってたから悪気があったわけじゃないし、こうして僕のことも助けてくれたわけで、邪険にはできないよ」


「お前……線引きははっきりしているくせに、一度線を引くととことん甘くなるな。百歩譲って小さいほうのマイロはともかく、その両親もとなると、さすがにアタシたちも納得できない」


 ううん、そこまで言われてしまうか。


 僕だって別に、両親だと思い込まされていた二人に、いまさら情を感じているわけじゃない。兄さんの家族だから、と思って言っただけだ。


 すると兄さんは、ベッドの上で寝返りを打ち、けたけたと笑い始める。


「あはは! いいよマイロ、僕のことは気にしないで。お邪魔になっちゃいそうだし、君は君の家族と行って。こっちのことは、自分でなんとかするから」


 兄さんは、そう言って笑う。


「でも」


「いいんだって」


 兄さんはうつ伏せになり、ベッドに頬杖をついて、僕を見上げる。


「マイロは僕たちの中で、唯一外に出られたマイロなんだ。これからきっと、もっとすごいことが出来る。他の人間たちなんか、目じゃないことだ。もしかしたら、死者の国の王になれるかも」


 まるで夢を見るように、眩しそうに目を細め、僕を見上げる。


「きっとそうなる。そうしたら、そのときにまた、遊びに行こうかな」


 兄さんに言われるとなんだか、本当にそうなりそうな気がしてくる。でも、僕たちの安寧を手に入れるためには、そのくらいの覚悟でいるべきなのかもしれない。


 地上とは、完全に決別するときが来たのだ。


「わかった。兄さんたちも気を付けてね」


「大丈夫だって! でも、みんなに挨拶くらいしていったら?」


 おっと、それもそうだ。意識のないままここに連れてきてもらって、起きてからもベッドの上から出ていない。少しくらい、顔を出していくべきだろう。


「あ、あの、挨拶って、マイロ様……」


「そうだ、みんなも行こうよ、ほら」


 ベッドを下りる。少しふらついたけど、ウリエラが支えてくれた。


 僕は新しい家族たちと一緒に、懐かしいかつての我が家を歩く。本当に久しぶりだな。だけどなんにも変わっていない。


 離れていても、身体は家の構造を覚えている。足は迷わずリビングに向かう。


 暖炉の前に椅子が並んで、座っている二人の影。うん。この部屋も、二人も変わっていない。


「や、二人とも元気だった?」


-……い……さい……な……。


「ほら、お父さんもお母さんも! マイロがお客さん連れてきてくれたんだから、ちゃんと挨拶してよ!」


-ご……い……めんな……。


「いいって、兄さん。変わりないようでよかったよ」


 少し感慨にふけりながら、二人の姿を眺める。


 僕はこの二人に、すべてを奪われた。けれどおかげで、ウリエラたちと出会うことが出来たのだ。そう思うと、恨みとも感謝ともとれない感情が、どこからか湧き上がってくる気がした。


 そうしていると、控え目に腕を引かれた。


「ん、なあに?」


「マ、マイロ様。あちらがその、小さいマイロ様の……?」


「ああ、うん。そうだよ。兄さんの両親だ」


「なんかさ……腕とか脚とか、多くない……?」


 サーリャに言われてよく見ると、確かに妙にパーツが多い。


 頭は僕もよく知っている老人と老婆のままだが、身体がめちゃくちゃだ。肩から足が生えていたり、三対の腕が並んでいたり、好き放題に繋ぎ合わされている。


「兄さん、また二人のこと着せ替えたの?」


「いいでしょ! 二人が理想のマイロを作ろうとしてたみたいに、僕もすっごくカッコいい二人を作ってる最中なの!」


 だそうだ。


 二人は、リビングデッドだ。僕を解放したときに、兄さんが二人のことも殺した。だって二人とも生きたままじゃ、いつ僕を捨てるかわからないでしょ。生きた人間は信用ならないもの。兄さんはそう言っていた。僕もそう思う。


 地下室から助け出されたあと、二人の首をリビングデッドにすると、兄さんはそれに、嬉々として墓所に運ばれてきた死体を繋ぎ始めた。


 もちろん、兄さんに死霊術が使えるわけではないから、ただ防腐処理の施された、動かない手足を繋ぎ合わせているだけだが。


「でも、あんまり無節操に死体を使っちゃダメだよ。敬意を払わないと」


「払ってるもん! ちゃんと、鎮魂の儀式とかやってから、ちょうだいって言ってもらってるもん。それが墓守の仕事だからね!」


「なら、いいんだけど」


「いいのか……いいのか……?」


 そういえば、二人は痛みの感覚とかは残していたはずだけれど。


-ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。


 まあ、別に大したことじゃない。兄さんが満足しているようだから、いいのだ。


◆---◆


第三章完結です。お付き合いいただきありがとうございます。


12月からのカクヨムWeb小説コンテストへの参加に合わせ、サポーター限定コンテンツも用意していくので、よろしくお願いします。


よろしければ、感想や評価を頂けると嬉しいです。

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