第92話:混戦

 夕闇に染まりつつあるガストニアの街の中。


 バルバラ商会のあっちこっちで、剣戟と怒号が飛び交っている。かたや商会の衛兵や冒険者で、かたや竜牙兵。戦線の砦でも、ダンジョンの中でもなく、ガストニアの街のど真ん中でそんな戦いが起こっているだなんて、異常事態そのものだ。


 それを仕掛けたのが、ウリエラだって?


「なにかの間違い、ってわけじゃないんだよね」


「ふざけているのですか? さしずめ専属契約への不満からでしょうが、こんなことをして、ただで済むと思わないでください」


「違うって! 僕はこんなこと指示したりなんか、」


「マイロ、それどころじゃないぞ」


 マズルカの言葉に振り向くと、方々から竜牙兵たちが集まってきている。


「ああもう! とにかくウリエラを探さないと。みんな、竜牙兵を蹴散らせる?」


「まかせて!」


 いの一番に動いたのは、サーリャだ。


 サーリャが両の腕を振るうと、木の根となった腕が地面に突き刺さる。


「うわ、なんだ!」「トレントか!?」


 やがて大地が蠢き、無数に枝分かれした根が骸骨兵士たちの足下から現れ、彼らを叩き潰した。僕らを取り囲んでいた、あるいは周囲で冒険者たちと戦っていた竜牙兵までお構いなしだ。


 不意を突いて現れた根に打ちのめされ、竜牙兵たちはバラバラに飛び散っていく。


「どう、マイロくん! こんなことも出来るようになったんだよ!」


 大柄なサーリャが、得意げな顔で振り返る。アルラウネとなった彼女の本質は、無数のトレントの集合体だ。特に屋外では、多勢が相手でも無類の力を発揮できる。


「うん、すごいよサーリャ、けど」


「マイロ、下がれ! 構えろポラッカ、トオボエ、来るぞ!」


 バグ・ナウを装備したマズルカがトオボエと共に駆け出し、ポラッカが弓に矢を番えて引き絞る。ちっとも減らず、手あたり次第周囲の人間に襲い掛かろうとする、竜牙兵たちへ向けて。


 サーリャが散らばせた竜牙兵たちは、あちこちで再び組みあがっている。


「え、なんでえ!? あんなに倒したのに!」


「竜牙兵はバラバラになっても、すぐに組み合わさって復活するんだ! 頭蓋骨を壊さないと、倒せないよ!」


「さ、先に教えてよー!」


 マズルカとトオボエが駆け回り、竜牙兵の脚を砕いていく。ポラッカの正確無比な射撃が、地面に転がった頭蓋骨を次々に撃ち抜く。


 竜牙兵はとにかく、数とその倒しにくさで攻めてくるのが厄介な相手だ。だが、機動力のあるマズルカやトオボエが足止めに徹すれば、対処は可能だ。


「も、もう! 私だってできるんだから!」


 サーリャもむきになって、根となった腕を鞭のように振うが、その攻撃は胴体を砕いてばかりだ。まだ精密な攻撃は難しいらしい。


「あなた、いったいなにをしに来たのですか?」


 みんなを竜牙兵と戦わせる僕に、ニノンが怪訝な表情を見せる。


「僕はウリエラを探しに来ただけだ。知ってるなら教えて、ウリエラはどこ?」


「だから、あなたのゾンビでしょう。まさか、制御できていないのですか?」


「ああもう、そうだよ! だから連れ戻しに来たの! こっちだって早く止めさせたいんだ、こんなこと!」


 ニノンは眼鏡を押し上げ、短剣を構えた。


「いまここであなたを殺せば、すべて終わるのでは?」


 途端に、僕の足下から木の根が生えだし、壁のように僕を囲んだ。


「させないからね、そんなこと」


「マイロおにいちゃんに手を出したら、ただじゃすまないから」


 殺気を感じ取ったのだろう。サーリャとポラッカが、僕の隣に立つ。ニノンは手ごわいだろう。けれど彼女たちだって、並外れた戦闘力の持ち主だ。


「……彼女は本館へ向かいました。おそらくロドム様を狙って」


「案内して。マズルカ、トオボエ! 行くよ!」


「まったく、ペットの手綱くらいもっとしっかり握ってください。落とし前は必ずつけていただきますからね」


 失礼極まりない言い草だが、反論している場合じゃない。ニノンに案内されながら、僕らはバルバラ商会の、やたらに広い会館に飛び込んだ。


「このっ!」


「ふっ!」


 先頭を走るマズルカとニノンが、立ちふさがろうとする竜牙兵たちを蹴散らす。横合いから飛び出してくる竜牙兵の攻撃は、サーリャやトオボエが防いでくれる。


 彼女たちに守られながら、僕は舌を巻いていた。マズルカも強いが、ニノンは輪をかけて、手練れだった。


 マズルカが一体の脚を砕き、ポラッカがその頭蓋骨を射抜く。その間にニノンは、淡々と二体の竜牙兵の頭蓋骨を砕いてしまう。力や勢いに任せた戦い方ではない。身体の使い方や、急所の狙い方が、抜群に上手いのだ。


 あのマズルカが手玉に取られてしまったのも、頷ける。


 ニノンの、秘書とは思えない戦闘力に呆れながら、僕らは商会の敷地の一番奥、本館を目指して走る。

 

 ホールの中も、中庭も、廊下も、どこもかしこも竜牙兵たちで溢れかえっていた。同じくらい、あちこちに負傷者や死者も転がっているが、気にしてはいられない。


 とにかく今は、ウリエラのところへ。


 騒乱の中を、死の充満したバルバラ商会を駆け抜けていく。


「あそこです!」


 本館は、商会の中でも一番大きな建物だ。登り始めた月光に照らされ、その威容を誇る、もっとも頑丈で、もっとも厳重に警備が固められた建物。そのはずだった。


 だが本館の建物の前に転がっているのは、重厚な鎧に身を包んだ、衛兵たちの亡骸だ。この辺りには竜牙兵すらいない。ただ人間の死体だけが、打ち捨てられている。


 もう、予感はしていた。きっとなにか、よくないことが起きている。取り返しのつかないことが。


「ウリエラ!」


「ロドム様!」


 本館のホールに駆け込み、僕らは一斉に顔を顰めた。


 ホールの中は、むせかえる血の臭いで満たされていた。あっちこっちに、千切れ跳んだ人間の残骸が散らばっている。ひとりや二人ではない。十数人は、ここでバラバラにされて、殺された。


 血と肉片に染まったホールの真ん中で、まだ動いている人影が、二つあった。


「お、ご……ッ!」


 片腕と片足を失い、床に這いつくばって逃れようとしているロドムと。


「あなたはマイロ様を契約で一方的に縛り、いいように使い潰そうとしました。マイロ様を蔑み、マイロ様を見下し、マイロ様を自分の物のように扱おうとしました。マイロ様の力を利用して、己の私腹を肥やそうとしました。そのせいで、マイロ様は大変苦悩されておられました」


 その傍らに立ち、熱の灯らない目でロドムを見下ろす、ウリエラ。手に握られた杖に、光が宿り始める。


「ぅぐおおおおお……ッ!」


「その償いを、してくれますよね?」


「ウリエラ、待っ」


 光が奔った。ロドムの首が、飛んだ。バルバラ商会会長の最期は、ひどく呆気ないものだった。


 それからようやく、僕らの存在に気が付いたウリエラが、顔を上げる。


「あ、マ、マイロ様、いらしてたんですか。どうですか、私、出来ました。マイロ様を不当に扱う男に、制裁を下しました」


 そう言ってはにかむ彼女の髪は、窓から差し込む月明かりに照らされ、黒く輝いていた。

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