第84話:黒魔術師ウリエラ(2)
ログハウスを飛び出してしかし、ウリエラには行く場所なんてなかった。
これまで、ずっとそうだった。
ウリエラはどこに居ても、疎ましがられ、あるいは欲望のはけ口にされるばかりだった。生まれ育った農家でも、金で買われた学院でも。冒険者になってようやく組んだパーティでも、それは変わらなかった。
ただひとり、マイロだけだ。
マイロだけが、仲間になって嬉しいと言ってくれた。自分はマイロの、最初のひとりなのだ。その誇らしさが、ウリエラを支えていた。
もっとマイロの役に立ちたいのに。自分には、黒魔術しかないのに。
なのに。
そんなものは求めてないと、マイロは言った。まるでもう、ウリエラは必要ないとでも言うかのように。
「ふ、ぅ……!」
また、逃げてきてしまった。けれど逃げる場所もなく、ウリエラは庭の花壇の隅にしゃがみ込む。
このまま消えてなくなれればいいのに。もう自分が必要ないなら、術式を解いてくれればいいのに。マイロはそうしない。ウリエラは、どうすればマイロに必要としてもらえるのか、なにもわからなかった。
「あ、いたいた。よかったです、遠くに行ってなくて」
後ろから掛けられた声は、マイロのものではなかった。
「アンナ、さん……?」
「はい、アンナです。すみません、マイロ先輩じゃなくて」
「いえ……」
落胆を見せることも出来ず、ウリエラは膝を抱えたまま、その場から動くことが出来ない。アンナは構わず、そばの花壇の淵に腰かけた。
「マイロ先輩、心配してましたよ。ウリエラさん、悩んでるみたいだったって」
「……すみません、マイロ様にも、アンナさんにもご迷惑をおかけして」
「いえいえ」
アンナの態度は飄々として、どこか素っ気ないが、飾らない言葉は心のひび割れたところに染み入ってくるような心地があった。
だが、彼女の存在もまた、ウリエラの気持ちを波立たせる原因のひとつだ。ウリエラは顔を背けたまま、昏い胸の裡に沈んでいく。
なにをしているんだろう、私は。マイロ様に心配をかけて。どうして私なんかが、いまだにマイロ様の仲間でいられるのだろう。どうして。
「私、ちょっとわかりますよ。ウリエラさんの気持ち」
気のない口ぶりで、アンナが呟いた。
「マイロ先輩にはとても及びませんけど、私も死霊術師の端くれとして、いろんなゾンビを見て来ましたから」
「私は……」
「焦っちゃうんですよね? マイロ先輩の力になりたいのに、どんどん強くて、魅力的なゾンビが増えちゃって」
「そんなことは」
「自分がマイロ先輩の一番でいたいのに」
言葉に詰まる。浅ましい自分の心を見透かされているようで。
マイロの仲間が増えるのは、いいことのはずだ。マズルカをゾンビにすることを提案したのも、他ならぬウリエラだ。実際、彼女の存在は、ダンジョンでの戦いの中で、欠かせないものになっている。
それにマズルカは、マイロのよき助言者にもなっている。マイロがなにか迷ったとき、まず相談する相手は彼女だ。
彼女がマイロの力になればと望んだのは、ウリエラ自身だったはずなのに。
気付けばマイロの周りには、何人も仲間がいる。弓を使えるようになったポラッカ、鋭い牙を持つトオボエ。なにもできないはずだったサーリャは、トレントの力を手に入れてしまった。
「私には、黒魔術しかないのに」
それさえも、求めていないと言われてしまった。
「悔しいですよね。それに、ポラッカさんやサーリャさんなんか、露骨に甘えに行ってますもんね。男の人だったら、ああいうのはくらっと来ちゃうんじゃないですか。死霊術師なんて、死体愛好家多いですし」
それもやはり、ウリエラの心にあったわだかまりだった。
マイロは自分たちに身体なんて求めていないと言うが、きっと本気で嫌がっているわけではない。サーリャたちの誘惑に本当に辟易しているなら、術式を弄って、ちょっかいを出せないようにすればいいのに。
そうしないのは、まんざらでもないからだ。
マイロにもきっと、そういう欲はある。でもウリエラは、その対象にもなれない。
マイロはウリエラの身体を、きれいだと言ってくれた。まるで、美術品に対する評価のように。ウリエラの身体を拭ってくれる手つきは、作品を磨いているようで。
決して、かつてのように弄ばれたいなどとは思わない。ただせめて、自分の身体だけでも求めてくれていれば、少しは安心できたかもしれないのに。
「いえ……私が浅ましいだけなんです。なにもできない自分を棚に上げて、マイロ様に必要とされたいなんて、思ってしまうから」
せめてもっと高度な魔術が使えれば。けれどウリエラはゾンビだ。成長することも出来ない。そのために新しい身体をねだるなんて、もってのほか。
もうウリエラには、どうすればいいのかわからなかった。
「わかります。怖いですもんね、そうじゃないと、捨てられてしまうかもって」
アンナの言葉に、弾かれたように顔を上げる。
「ち、違います! マイロ様はそんな人じゃありません」
「そうですか? 死霊術師にとって、死体は便利な道具です。必要なくなったら処分する、当然のことですよ」
違う。
言いかけて、言葉が詰まった。
マイロも同じことを言っていた。死体は、道具だと。
紫の目が、ウリエラをまっすぐに見つめてくる。
「で、でも、マイロ様は、私たちのことを仲間だって」
「そういう術式ですからね。でもそれも結局、術師の都合で切り捨てられるんですから、同じことですよ。だから焦ってるんじゃないですか? どうすればもっと、マイロ先輩の力になれるかって」
かすかに、心の底にあった恐れが、震えた。
「違います、一緒にしないでください! マイロ様は、私たちを、家族だと……!」
「死体を使って人形遊びをしているだけじゃないって、言い切れます?」
「私、は、マイロ様を信じて……」
声が、震えた。
「正直になっていいんですよ。怖いですよね、自分はマイロ先輩に縋るしかないのに、先輩の役に立てなくなったらって思うと。もっと大きな力を得なければって、焦りますよね」
「もっと、大きな力……」
アンナが立ち上がって手を振うと、空間が光り、歪む。花壇の傍に、穴が開く。
「これは、転移門?」
どうして死霊術師が、黒魔術を使えるのか。どこに繋がっているのか。疑問はいくつも湧いたが、紫の目に見据えられ、ウリエラは口をつぐんだ。
「ついてきてください。ウリエラさんに、いいことを教えてあげます」
ウリエラは幾分迷った末、アンナの手を取って、転移門を潜った。紫の目に見つめられながら。
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