第82話:冒険者と商人
一瞬、ロドムがなにを言っているのか、理解できなかった。
「専属……なに?」
「だから、専属契約だよ。お前、うちのお抱え冒険者にならないかって、そういうお誘いさ。もちろん待遇は約束するぜ?」
言い直されても、やっぱりわからない。商会のお抱え冒険者? 僕が?
「え、なんで?」
「なんでだって!? お前さんの腕前を見込んでに決まってるだろ! あんまり笑わせないでくれ」
僕の腕前を買う? 僕はこいつに、自分の腕前なんか披露した覚えがない。
やったことと言えば、学院の人間なら誰でもアクセスできる『智識の安置所』で、ロドムも把握していた帳簿の、細かい隠し場所を聞いただけだ。
これのどこを持ち上げて、腕前を見込んでなんて言い出せるんだ。
「本気で分からないんだ。そっちがなにを期待して、専属契約なんて言い出すのか」
僕は確かに冒険者だけれど、一介の死霊術師で、ミスリル級の認定はされているものの、等級比じゃ別に大した成果を上げているわけでもない。
できることと言えば、せいぜい死体をリビングデッドにすることくらいだ。そっちの腕前には自信があるけれど、同じことが出来る死霊術師なんて、吐いて捨てるほどいるはずだ。
困惑して首を傾げていると、ロドムはテーブルに肘をつき、呆れたように首を横に振る。
「飲み込みの悪いやつだな。わかったわかった、最初から丁寧に説明してやるよ」
なんで僕がどうしようもないやつ、みたいな反応をされなければいけないんだ。
むっとしながら、しかしとりあえず説明は聞いてやる。あんまり聞きたくはないけれど、真意が分からないのも気持ち悪い。
「俺たちの商会は、お前たち冒険者がダンジョンで得た戦利品を、冒険者ギルドを通じて仕入れている。卸先は傘下の商店や、よその街の商会なんかだが、まあともかく、そうやって稼がせてもらっているわけだ」
そのくらいは知っている。
これはなにも、ガストニアの街に限った話ではない。どこの街でだって、冒険者が関わる取引には、冒険者ギルドが仲介に入る。それが大原則だったはずだ。
「ガストニアは俺たちにとっちゃ、夢のような環境だ。客にも商品にも困らない。冒険者にとっても同じだよな。腕前さえありゃ、潜ってその辺のゴブリンをしばくだけでも、その日の食い扶持くらいは稼げるんだからよ」
それも、いまさら言われるまでもない。だからガストニアには、冒険者が集まる。
「さっきから、なにが言いたいの」
「まあ聞けって。お前たちのおかげで、浅い階層で出現するモンスターの素材は、常に安定供給状態だ。第10階層程度までの素材なら、基本的に値はほぼ動かない」
「だろうね。カッパー級冒険者で潜れるのは、その辺までだし」
最も等級が低い冒険者が、最も多い。当然のことだ。
彼らはダンジョンの浅い階層で数回戦って、撤退する。それ以上は体力が追い付かない。ダンジョン内じゃ休息しようにも、警戒を立てる余力すらないのだ。
だが、それを繰り返しているうちに、次第に身体の魔力構築密度が上がってくる。戦闘を繰り返し、探索範囲を広げ、休息を挟んで長期間ダンジョンに潜ることが可能になっていく。
そしてまた、探索深度を深め、同じことを繰り返すのだ。
「そこでだ、こっちとしてもそろそろ、深い階層で手に入る素材を、安定して供給できるようになりたい。深いところの品は、まだ値が安定しないからな」
ロドムの言葉は、冒険者側でも同じことが言える。
僕らがいる階層以降で手に入る素材、例えばトレントの枝やイエロージャケットの針を冒険者ギルドに売ったとして、売値が昨日と同じとは限らない。他の冒険者がどれほど持ち込んでいるかで、値段は変わるのだ。
「供給が安定すれば、値段も抑えられる。すると冒険者の装備の質も上がって、より探索も進む。ダンジョンの謎の究明も進む。売り手良し、買い手良し、世間良しで、まさに三方良しってわけだ」
「ちょっと待って、その売り手ってまさか」
「お、わかってきたじゃねえか。当然、お前さんのことだよ」
ここまでくれば、僕だってこいつの意図くらい読めてくる。
「それは、僕がダンジョンの中に住んでるから?」
「そうともよ!」
僕は頭を抱える。ロドムが僕の住処を把握していることは、この際別にいい。けれど、まさかそれを商売に利用しようとするなんて。
「お前は当たり前のように住んでるかもしれないが、そう簡単にできることじゃねえ。しかもお前さんは、死霊術師ときた! なんだったら、モンスターの死体を丸ごと納品することだって可能だ、だろ?」
「だろ、じゃないよ! それだったら別に僕たちじゃなくても、転移門を開ける魔術師がいれば事足りるじゃないか!」
ロドムは、にやりと笑った。
「やっぱり、わかってねえな。言っただろ、俺は商品を安定供給したいんだって」
だから、なんなんだ。
「冒険者って連中は、基本的にはダンジョンの深部を目指して探索を進める。いねえんだよ、格下の相手しかいない階層に、延々と留まっているヤツなんて。その点お前は、余裕で蹴散らせる相手しかいない場所に、根を張って生きてやがる」
「僕が蹴散らせるわけじゃない。みんながいるからだ」
「同じことだろうがよ。しかも第11階層から第20階層辺りまでは、まだ転移魔術に手の届かない連中が潜る辺りだ。一番供給が覚束ない範囲なんだよ」
だから僕に、あの辺りで入手できる素材を、納品しろって?
「なんでお前さんにこの話を持ち掛けたのか、わかっただろ? でだ、契約内容なんだがな、こっちは依頼人としてお前さんを雇うってことで、月ごとに定額で報酬を支払う。代わりにお前さんは、こっちの注文の品を、都度納品する。どうだ?」
答えなんて、決まっている。
僕はウリエラとマズルカに目配せして、席を立つ。
「冗談じゃない、絶対にお断りだ」
「おいおい、なんでだ? 市場の値動きに左右されず、一定額が手に入るんだぜ? なんでこんな旨い話を蹴るっていうんだ」
「どこが旨い話だよ。そっちは毎月定額で、こっちは注文の都度に。つまり歩合は、そっちの匙加減ってことじゃないか。仮に出来高報酬だったとしても、受けるつもりはないけどね。二人とも、帰るよ」
付き合ってられない。わかっていたことだが、こいつは結局、僕の首に綱を繋ぎたいだけだ。冗談じゃない。
「待て待て、話は最後まで聞けよ」
「なにを聞いたって同じだよ。僕は奴隷契約なんて結ぶ気はない」
「ひでえ言い草だな。仕方ねえ、ニノン」
ロドムの後ろに控えていたニノンが、歩み出てくる。
「おい、なんのつもり」
「お退きください」
制止しようとしたマズルカの身体が、回転した。
「がッ!?」
次に回転したのは、僕の視界だった。
「マイロ様!」
「マイロ!」
視界が白黒に明滅する。額に走る鈍痛。捩じれた肩。僕は頭をテーブルに押さえつけられ、右腕を捻りあげられている。
「な、にを……!」
見えなかった。なにも。あのマズルカが、一瞬で投げ飛ばされたところまでしか。
「動かないでください。杖からも、手を離すように」
「マ、マイロ様を、放して」
「あ、があぁぁ……ッ!」
肩が、外される……!
「ウリエラ、杖を置け!」
「で、でも」
「マイロはアタシたちとは違う! 殺されれば死ぬんだ!」
「……ッ!」
からん。杖の転がる音。肩が少しだけ緩められる。
「ゾンビのお嬢ちゃんたちの方が、聞き分けはいいみたいだな」
「お、前、なんのつもりだ……!」
「そりゃこっちの台詞だよ。いいか、こっちはゴルトログ商会とお前さんの件で話を付けるのに、それなりに手間と金をかけてるんだ。それもこれも、お前さんにはそれ以上に価値があると思ったからな。だから、その分を返してもらいてえんだよ」
「ふざけるな、ロドム! お前たちには帳簿を渡しただろう、それで十分利益は出るはずだ!」
マズルカが食って掛かるが、それが取引材料にならないことくらい、僕にももうわかる。こいつ、最初から全部織り込んでいた。
「馬鹿言うな、帳簿に関しちゃお前らの働きなんか、ほんの硬貨一枚分程度だ。マイロよ、お前さんだってそのくらいわかってるだろ」
「その、帳簿の存在を知ってる僕に、首輪をつけたいってことだろ……!」
「ほらな、やっぱりわかってるじゃねえか。まあ、逆だけどな。お前さんに頷いてほしくて、帳簿回収を頼んだんだから」
どっちだっていい。結論は同じだ。
頷かなきゃここで殺されるか、さもなければまたゴルトログ商会に、いや、街を二分する二つの商会から、延々と追われることになる。
もう、ガストニアに顔は出せなくなる。ダンジョンの家も、場所が割れている以上住み続けることは出来ない。
どうする。
「な、こっちも忙しいんだ。そろそろ返事をくれよ」
どうする。
ウリエラが僕を見ている。ウリエラの発案で出来上がったログハウス。彼女がもたらしてくれた夜空。
マズルカが僕を見ている。マズルカやポラッカと作った花壇。同じ色の花が咲くのを楽しみにしていた。
「……わかった、わかったよ!」
僕は、頷くしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます