第80話:スカウト

「じゃあ、くれぐれも気を付けてね」


「人目に付かないようにな」


「わかってるもん。おねえちゃんたちも、気を付けてねー」


 ウリエラが用意してくれた転移門を潜り、学院裏手の雑木林で、ポラッカとトオボエを見送る。この場所は学院の管理地であるが、厳密にはガストニアの街の外であるとされ、時折学院の生徒が魔術の実験に使ったりしている。


 なので万が一、死霊術師のゾンビがうろついているのを発見されても、そこまで大騒ぎにはならないはずだ。ましてや、口の利けるポラッカもいる。


 嬉しそうに駆け出すトオボエと、その背に乗ったポラッカの背中が、すごい速さで木立の向こうへと消えていく。


「何事もなければいいんだけどなあ」


「お前も存外過保護だな」


 マズルカは平気そうな顔をして、もう街へ向かう道を進みだしている。


 ウリエラと一緒にマズルカを追いかけ、横目で彼女の顔を見ながら、僕は首を傾げる。


 やっぱり意外だ、彼女はポラッカを一度失っている。そばに誰もいない状態で目を離すことを、もっと恐れるかと思っていたのに。


「マズルカは心配じゃないの?」


「なにかあれば、トオボエがあの子を守る。あいつにそれくらいの力があることは、アタシが知っている」


 あ、そっか。


「……ごめん、ちょっと反省」


「ん、どうした」


「僕もトオボエが強いことは知ってるけど、まだペット感覚があったなって」


 獣人のルーパスは、その系譜に狼の因子を含んだ一族だ。彼女たちは人であると同時に、獣でもある。ダイアウルフの身体を持つトオボエを、マズルカたちはまさしく家族として扱っている。


 同じ家族を任せるに値する、信頼に足る家族として。


「なんだ、そんなことか」


 マズルカは笑った。


「アタシだってなにも、まったく同列だとまで思っているわけじゃないさ。だが、あいつは肩を並べて戦う戦士でもあるからな。その分の信頼もあるというだけだ」


「なるほど。僕には割って入れない絆だ」


「お前たちにも、お前たちの絆があるんじゃないのか?」


 マズルカは振り向いて、ウリエラを見た。僕もウリエラを見る。


「え、あ、あの、私は……」


「お前たちは魔術の話をしだすと、すぐに二人の世界に入るからな」


「だって楽しいんだもの、術式をどう応用するのかとか、そういう話題で盛り上がるの。ね、ウリエラ?」


「はい……私も、楽しい、です」


 そう言ってはくれるものの、ウリエラの表情には、やはりどこか覇気がない。


 どうしてしまったんだろう。首をひねっていると、マズルカに背中を一発叩かれた。なんで。



 アナグマ亭はいつも通り、冒険者たちで賑わっている。


 これからダンジョンに潜ろうとするもの、ダンジョンから戻って杯を傾けているもの。あるいは、新しい仲間を探そうとしているもの。


 ここは冒険者たちの拠点だ。冒険はいつだって、ここから始まってここで終わっていた。


 もしかすると、そういう意味では僕はもう、冒険者ではないのかもしれない。このガストニアにおける冒険の地の中に、居場所を築いてしまったのだから。


「来たか」


 カウンターに向かうと、いつも通り愛想のないボートマン親父が、珍しいことに僕の顔を見るなり声をかけてくる。ボートマン親父は基本的に、こちらから声をかけない限り口を開かないのに。


「なにか僕宛てに言伝でもある?」


「奥に行って待ってろ」


 質問に答えるでもなく、ボートマン親父は店の奥にある扉を指さした。


 扉の向こうには、テーブルと席の設えられた個室がある。そんな部屋使う人間は、滅多にいない。冒険者パーティは酒場で好きに座るし、依頼人と会談するときだって、ボックス席にでも行けば十分だ。


 もうこの時点で、誰が来るかなんて嫌でも予想がつく。


「おう、来たな来たな。悪かったなあ、呼びつけたりしちまって」


 思いのほか広い部屋で、げんなりとしながら席に座って待っていると、豪快な足音と共に扉が開く。やってきたのは、案の定豊かに顎髭を茂らせた、山賊めいた風貌の商会長。


 ロドムと、その秘書のニノンだ。


「ほんとにね。いったいなんの用?」


「おい、つれないじゃないか。こっちはお前らの窮地を救ってやった恩人だぞ。おう、親父、全員に酒を持ってきてくれ。飲めるよな?」


 ロドムは自然と奥の席に腰を下ろし、ニノンはその背後に静かに立っている。


「飲めるし、ゴルトログ商会の件については感謝もしてるよ。でもそれは、対等な取引の結果だったと思ってるんだけど」


 もちろん、これっぽっちも対等なんかじゃなかった。向こうがこっちの弱みにつけ込んで、面倒ごとの片棒を担がせただけだ。


 結果として、弱みがゴルトログ商会からバルバラ商会に移っただけである。


 でも、こう言っておかないと。それこそつけ込まれる。


「うはははははは! そうだそうだ、お前さんらには手間かけさせたからな! 帳簿の件に関しちゃ、こっちも大いに感謝しとる。おかげでゴルトログ商会相手に、なにかと有利に話を進められるようになったからな」


 なにをどう有利に話を進めているのかなんて、聞きたくもない。


 扉が再び開き、ボートマン親父がジョッキを四つ運んでくる。ここは俺のおごりだ、と言いながら、ロドムは自らの前に置かれたジョッキを勢いよく呷る。立っているニノンの分はない。彼らはこの部屋を何度も使っているのだろう。


 僕は目の前に置かれたジョッキに、小さく口を付ける。マズルカはぐびっとひと口呷り、ウリエラは杖を固く握ったままだ。


「ニノンから聞いてるぜ。なかなか手際が良かったみたいじゃねえか」


「よく言うよ。帳簿の在処なんて、最初からわかってたんじゃないの」


 正直僕は、そう踏んでいる。


「まさか。どこに仕舞ってあるかわからなかったからな。おかげで無駄な手間をかけなくて済んだってもんだ」


 ほら、やっぱり。


 ロドムたちは、帳簿があの教授の家にあることくらい、とっくに知っていたんだ。ただ、細部隠し場所が分からなかっただけで。


 無駄な手間の中には、きっと流血も含まれていたのだろう。僕らは期せずして、教授の家族を救っていたのかもしれない。それはまあ、どうでもいいんだけれど。


「おべんちゃらはいいよ。それより、なんで僕らはここに呼ばれたの? わざわざ商会長が、冒険者ギルドくんだりまで足を運んだ理由はなに?」


 そう訊ねると、ロドムはジョッキをテーブルに置き、人の悪い笑みを浮かべる。


「単刀直入だな。だからお前ら冒険者ってやつが、俺は好きだ。商会長なんて身分にいると、なにかとおべっかを使わないといけない場面が多くてな。こう見えて、結構疲れるんだぜ?」


「はいはい、それで?」


「ここにお前を呼んだ理由だったな。そりゃもちろん、冒険者のとしてお前に話があったからだ」


 思わず眉を顰め、ロドムを睨む。冒険者としての僕に話? 悪い予感しかしない。


 そして、その予感は大当たりだった。


「どうだお前、バルバラ商会と専属契約を結ばねえか」


◆---◆


なるべく現在の更新間隔を維持したいと思っているのですが、今後、どこかで落ちるかもしれません。間隔が伸びてしまったら、申し訳ありません。

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