第79話:呼び出し
翌朝。
皆で朝食に舌鼓を打ったのち、アンナは予定通り、マンドラゴラ探しに出発する。
ログハウスの玄関口に立つアンナは、かばんを肩にかけ、ローブを羽織り、腰には魔導書を下げ、右手には怨念の手袋をはめている。死霊術師のフル装備だ。
「本当にひとりで大丈夫なの?」
「問題ありません、優秀な死霊術師ですので。道中で適当に傀儡ゾンビ作りますし」
アンナは手袋をはめた右手でピースを作り、ゾンビのみんなが揃って一歩引いた。トオボエはマズルカの後ろに隠れてしっぽを丸めている。やっぱり怖いんだなあ、あの手袋。間違ってもその手で家の戸に触れないでよね。サーリャが泣いちゃう。
「平気だって言うなら、止めはしないけど」
「ええ、安心して待っていてください。今夜も、昨日の話の続きをしましょうね」
「いや、さっさとマンドラゴラ見つけて帰りなよ」
なんで戻ってくる前提で話をしてるんだこの子は。昨日の話の続きがしたい気持ちは、否定できないけれど。
「どちらにせよ、戻ってきますよ。ちゃんと挨拶しに。あと、ウリエラさんの転移門で帰れたら楽ですし」
「え、と、それは……」
ウリエラが困った顔で、僕を見る。アンナの自由さには、舌を巻いてしまう。
「わかったわかった。早く行きなよもう」
「はい、では行ってきます。あ、そうでした」
背を向けて出発したと思ったら、また振り返る。
「なに?」
「いえ、ひとつ伝え忘れてたんですけど、バルバラ商会の伝言を聞いたら、アナグマ亭に顔を出してほしいそうです」
なんだそりゃ。めちゃめちゃ大事な伝言じゃないか。
「え、ちょっと、それ早く言ってよ」
「すみません、うっかりうっかり。では改めて行ってきます」
ちっとも反省していない様子のアンナは、言うだけ言って、さっさと家を出て行ってしまう。自由にもほどがある!
それにしても、アナグマ亭に顔を出せだって? 絶対ろくでもない話だ。
「どうするんだ、マイロ」
「行くしかないでしょ……いずれにしても、素材を売りにアナグマ亭に行くつもりではあったし」
今日の予定は変わらないから、問題はない。呼び出し自体が問題大有りだが。
「そしたらマズルカと、えっと、ウリエラも同行してもらっていい?」
「ああ、わかった」
「あ、は、はい。あの、転移門を準備しますね」
気まずそうな返事を残して、ウリエラはそそくさと玄関から出て行ってしまう。
「ウリエラとなにかあったのか」
その後ろ姿を見送ったマズルカが、怪訝な表情で僕を振り返る。
「なにもない……というか、なにも聞かせてくれないというか。昨日も、寝る前に地下室で少し話してたんだけど、途中で切り上げられちゃって」
ここのところどうにも、ウリエラの様子がおかしい。
「僕、なんかウリエラに避けられてる気がして」
「ウリエラちゃんが? 私が来たときは、あんなにマイロくんにべったりだったのに?」
べったりだったかはともかく、僕の仲間になってくれてからというもの、ウリエラはいつも僕の傍に控えてくれていた。だけどここしばらくは、家の仕事や、術式の研究に没頭していることが多い。
そこまでしなくていいって言ってるのに、なにかに追い立てられるように。
「やっぱり、なにかあったのかな」
「話を聞くべきなのだろうが、主のお前が避けられているのではな」
「こういうのって意外と、外の人相手の方が話しやすかったりするかもよ」
サーリャの言葉には、説得力がある。
ふむ、外の人か。僕らにそんな相手がいるはずない、と言いたいところなのだが、いまはおあつらえ向きの人物がひとり、我が家に逗留している。
「アンナに相談してみるかなあ」
「……あの死霊術師、そこまで信用していいのか?」
不意にマズルカが、険しい顔でそんなことを言う。
「え、なにかマズいかな。あの子も死霊術師だし、なにかわかるかも、って思ったんだけど」
「いや、はっきりとなにか問題がある、わけではないんだが。ただ、生きた人間をそこまで受け入れるなんて、お前にしては珍しいな、と思ってな」
言われてみればそうだ。僕は基本的に、生きた人間を信用しない。
でもアンナは学院の後輩だし、僕らを助けてくれた恩もある。話も合うし、なんだか不思議と警戒心が湧かないのだ。
「同じ死霊術師だからかな? 死体の話で、つい盛り上がっちゃうんだよね」
「わからない世界過ぎるよマイロくん」
「昨日はサーリャの死体のことで、すごく話が弾んだよ」
「やだー! 全然嬉しくないー!」
「……ふっ」
頭を抱えて身悶えるサーリャの横で、マズルカが少し笑った。
「なに?」
「いや、少し安心しただけだ。マイロにも、他の誰かと共通の話題で盛り上がるなんて、人間らしい部分があったんだな、と思ってな」
ものすごい酷いことを言われた気がする。
「僕のことなんだと思ってるのさ」
「悪いやつだとは思っていないぞ」
「マイロくんはねー。いい人だけど、すごい臆病、かな」
好き勝手言われているし、思われている。
「なんだよもうみんなして。いいよ、僕はウリエラと出かけるから」
「こら、拗ねるな。受け入れているんだぞ、お前の変態的な死体愛好癖も。なんせアタシも死体だからここに居られるわけだしな」
「事実だからって言っていいことと悪いことがあるからね!?」
めちゃくちゃ言ってくるマズルカだけど、別に悪い気はしない。彼女が僕に、悪意があって言ってるわけじゃないって、信じているから。
「ね、マイロおにいちゃん。今日もみんなでお出掛け?」
そんなやり取りをしながら出発の準備をしていると、庭に出ていたポラッカが顔を出した。
「僕とウリエラとマズルカは街に行くけど……ポラッカはどうする?」
「あのね、トオボエも一緒にお出掛けしちゃだめかなあ」
む。そう来たか。
トオボエは、中身こそ人懐っこい犬だが、外観は成人男性よりも大きなダイアウルフだ。危険極まりない獣の姿で、あまりほいほいと表には出せない。
のだが。
「トオボエがね、少し退屈そうなの。最近ずっとおうちか、森の中ばっかりでしょ? 同じ匂いばっかりで、飽きちゃってるみたいで」
そう言われてしまうと、強く否定もしづらい。
「うーん、街の外だったら、あんまり人にも見られないかもしれないけど」
「単独で出すのは危険かもしれないが、ポラッカが一緒だったらどうだ?」
あれ。
意外にもマズルカが賛成したので、僕は目を丸くした。しかもポラッカと行かせようとするとは。
「てっきり、マズルカは反対するかと思ってた。過保護だし」
「あのな、ポラッカひとりでならともかく、トオボエが一緒なら滅多なことはないだろう。それにポラッカも、自分の身を守るくらいの力はある」
「そうだよおにいちゃん! わたしだって、いつまでも子供じゃないんだから」
いや、ゾンビなので成長はしないのだけれど。
「わかった、じゃあそこまで言うなら、街の外の雑木林の中だけね。ポラッカは絶対トオボエから離れないこと。誰かに見つかりそうになったら、全力で逃げるんだよ」
「はーいっ」
-ばふ。
わかっているのかいないのか、トオボエがしっぽを振って返事をする。
ほんとに大丈夫かなあ。
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