第77話:眠る前に

「じゃあやっぱり、異種の死体を接合するときは、縫合というよりは」


「縒り合わせる感じかな。まったく違う色と種類の糸で、一本の糸を作るような」


「さすがマイロ先輩。勉強になります」


「おだててもなにも出ないよ」


「もう夕食と、食後のお茶までいただいてますけどね」


 他人と接するのが苦手な僕だけれど、共通の話題を持つ死霊術師同士では、なんだかんだ会話が弾む。


 夕食後、僕とアンナはリビングに場所を移し、暖炉の火にあたりながら、ひたすら死霊術について、特にエンバーミングの術式の走らせ方について意見を交わしていた。


 僕は主に、サーリャをトレントと結合させた話を。逆にアンナからは、よりきれいな傷の修復技術なんかを教えてもらった。


 切断面同士を接合するときは、先に魔力を通したうえで、引き絞るように接着させるといい、というのは知らない知識だった。ほかにも、切開創の修復で、極力傷痕の目立たない方法も知れたので、これからはマズルカの身体の傷も減らしていきたい。


 どうやらアンナには、外科医療の知識もあるようだ。僕が学院で習った触りだけの話よりも、ずっと彼女は造詣が深い。なるほど、僕以上に死の匂いがする、と言っていたマズルカの言葉も頷ける。


 そんなアンナが僕の話を、目を輝かせながら聞いてくれるというのは、そう悪くない気分だった。


「僕も聞きたいんだけどさ、ある生物の死体の脳だけを入れ替えると……ふあ」


「あらら、お眠ですか先輩。そういえば、もう結構話し込んじゃいましたね」


 考えてみれば、今日はみんなで狩りに出かけ、帰ってきたところでアンナが訪ねて来て、そのままずっと喋っていた。


 いつの間にか、暖炉の周りには僕とアンナしかいない。死霊術議論が弾んできた辺りで、みんな席を立ってしまっていたようだ。


「今日はお開きにしようか。君も明日から、マンドラゴラ探しでしょ」


「あー、考えないようにしてたのに、思い出させてくれましたね。もう少し、憂鬱な依頼のこと忘れさせてくれません?」


「時間かかるよ、あれは。見つからなかったら、またうちに来るんでしょ。続きはそのときにしよ」


 アンナは少しだけ目を丸くして、僕を見る。


「意外ですね、全然乗り気じゃなさそうだったのに」


「別に乗り気じゃないって。でも君と話すのは、死霊術師として得るものが多そうだからね。損得勘定しただけだよ」


「……ふふ、いいですね、その知識にはどん欲なところ。だから好きですよ、先輩のこと。死霊術師として」


「はいはい、どうも。サーリャ、サーリャ?」


 アンナのお世辞を適当にあしらってサーリャを呼ぶと、足元の床が蠢いて、サーリャが姿を現す。


「はーい、なあにマイロくん」


「僕はそろそろ寝るけど、アンナの寝室は作れた?」


 いま僕らの家は、二階に寝室が三つある。僕の部屋とウリエラの部屋、マズルカとポラッカの部屋だ。サーリャは、家そのものなので部屋は必要としていない。


 そして彼女は、人間形態を作るのと同じ要領で、家の間取りをある程度操作できるのだ。


「うん、出来てるよ。二階の、ウリエラちゃんの部屋の隣」


「わかった、ありがと。みんなはいまどこ?」


「マズルカちゃんとポラッカちゃんは、さっき庭に出てたよ。ウリエラちゃんは、地下室かな?」


「そっか」


 だったら、庭から行こうかな。


「あれ、マイロ先輩、寝るんじゃないんですか?」


 リビングから外に出ようとすると、アンナに呼び止められた。


「寝るよ。だからその前に、みんなに挨拶しに行くんだ。アンナは、寝るならサーリャに部屋を案内してもらってね」


「へえ、律儀ですねえ」


 習慣なのだ。僕は眠る前に、みんなの顔を見ておきたい。


 庭に出ると、ウリエラの夜のおかげで周囲は真っ暗で、家からこぼれる灯りと、かすかな月の光だけが広場を照らしている。


 マズルカとポラッカ、それにトオボエは、並んで花壇を覗き込んでいる。


「マイロ、話は終わったのか?」


 真っ先に気付いたマズルカが、僕を振り返る。


「うん。つい盛り上がっちゃった。ごめんね、みんなのことほったらかしにして」


「それは構わないが、やはり同門の者同士は話が合うようだな」


「あんなに楽しそうにしてるマイロおにいちゃん、珍しいよね」


「ええ、そんなことないと思うけど」


 僕、そんなに舞い上がっていたかな。傍から指摘されると、ちょっと恥ずかしい。トオボエまで、わふっ、と一声鳴き、面白そうにしっぽを振っている。ちぇっ。


「それより、なにしてたの?」


 照れくさいのを誤魔化しながら、みんなの隣に並ぶ。花壇には小さな芽が出ているばかりで、朝と変わった様子はない。


「あのね、花壇がお花でいっぱいになるの、楽しみだねって話してたの」


「ここに植えたのは、ネモフィラだったっけ」


 青い花弁を開かせる、小さな花だ。


「そう、わたしとおねえちゃんと、トオボエと同じ色」


 ポラッカは楽しそうに笑って、隣にいたトオボエに抱き着いた。


 マズルカとポラッカは青灰色の髪を持ち、褐色の毛皮のトオボエも、額に一筋だけ、ポラッカの腕から移植した同じ色の毛が生えている。


 なんだかそうやって並んでいると、トオボエもきょうだいの一員のようだ。ポラッカとトオボエのどちらが上かは、悩ましいところだけれど。


「トオボエ、マズルカの相棒のつもりだったけど、すっかりポラッカと仲良しだね」


 今日の狩りでも、トオボエと組んでいたのはポラッカの方だった。


「ここしばらく、遊び相手も餌やりも、ポラッカだったからな。トオボエも喜んで弓の練習台になっていたし、アタシは振られてしまったらしい」


「もう、そんなことないよ。トオボエは、おねえちゃんのことも大好きだもんね」


 トオボエがまたひとつ鳴いて、マズルカの手に鼻先を摺り寄せる。マズルカが顎の下を撫でてやると、トオボエは嬉しそうにしっぽを振った。


-わふっ。


「わ、はは」


 それから、僕の顔まで舐めまわしてくる。


「マイロおにいちゃんのことも大好きだって」


「忘れられてなくてよかったよ」


 僕もトオボエの頭を抱きかかえて、わしわしと毛皮を掻きまわしてやる。トオボエはどてっと転がって、おなかを見せてきた。おなかもわしわし。


「あ、いいなあ、トオボエ。マイロおにいちゃん、わたしにもして」


「んー……また今度ね」


「ポラッカ、そういうことは、客人がいるときにするものではないぞ」


「はーい」


 さっきの話題じゃないけれど、この辺の話も、いずれきっちりしないといけないのかな。


「でも、トオボエはこんなに懐っこいのに、どうしてウリエラおねえちゃんのことだけは苦手なんだろうね」


「そういえば、どうしてだろうね。相性とかかな」


 マズルカは、腕を組んで、肩をすくめた。


 それで思い出したけれど、これからウリエラのところにも顔を出すんだった。


「さて、僕はそろそろ寝るよ。二人は、まだ起きてる?」


「もうちょっとだけ、お庭を見てたいな。これから、他にどんなお花を植えるか考えてたの。いろんなお花で、庭をいっぱいにするんだ。ね、トオボエ」


-ばうっ。


「そういうわけで、まだ少し外にいる。おやすみ、マイロ」


「うん、おやすみマズルカ。ポラッカとトオボエも、おやすみ」


「おやすみなさい、マイロおにいちゃん」


 差し出されたトオボエの鼻先を撫で、僕はログハウスに戻る。


 あとはウリエラに挨拶したら、もう今日は、ベッドでゆっくり寝るとしよう。

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