第75話:来客
ここに誰かが訪ねてくる、なんてことは、基本的になかった。というか僕は、ここに居を構えていることを、誰にも話していない。唯一の例外が、先日サーリャを追ってきた連中なのだ。
にもかかわらずここを訪ねて来られそうな相手なんて、なぜか僕がダンジョンに住んでいることを知っている様子だった、バルバラ商会くらいかと思っていたのだが。
「あ、どうもマイロ先輩。約束通り、お邪魔しに来ちゃいました」
「来ちゃいましたって、アンナ」
川を渡ってトレントたちをどかすと、僕を呼んだのはやはり、学院の地下で出会った後輩の死霊術師、アンナだった。
「君、なんで僕がここに居るって……」
「なに言ってるんですか。私はマイロ先輩の後輩ですよ。知ってるに決まってるじゃないですか」
「理由になってなくない!?」
思わずツッコむと、アンナは口に手を当てていたずらっぽく笑う。
「冗談です。最近冒険者の間で噂になってましたよ、第13階層に、なぜか途中で進めなくなっている場所があるって。しかもボーン・サーバントが木材を運んでたから、誰かここに住んでるんじゃないかって」
「あー……」
確かに、トレントゾンビ・ログハウスを建築するとき、あまり誰かに目撃されることについて、気にして作業していたわけではない。
噂にまでなってしまっていたか。
そう言われてしまうと、誰かが僕の居場所を把握していても、不思議ではない。
「しかも道を塞いでいたのは、トレントのゾンビでしたから。これはマイロ先輩に間違いないな、って思ったんです」
「誰にも知られずに住んでるつもりだったのに……」
「甘々ですねー、マイロ先輩。隠れ住むなら、もっと慎重にやらないとですよ」
にまにまと笑いながら、アンナは僕の顔を下から覗き込む。くそう、言い返せないのが腹立つ。
「マ、マイロくん……」
僕の脇の甘さをいじってくるアンナを、どう追い払おうか考えていると、広場の外には出られないサーリャに、川の向こうから呼ばれた。
なぜか口に手を当て、わなわなと震えている。
「マイロくんに、家に遊びに来る友達がいたなんて! しかも、女の子の!」
なにもかも違う。
「いないよ! 僕に友達なんて!」
「え、そっちに否定するんですか」
「クルトおにいちゃんたちは友達じゃないのー?」
「輪をかけて違うからね!?」
サーリャと一緒になって、ポラッカまでとんでもないことを言いだす。誰がクルトたちになんか、住んでるところを教えたりするものか。
「ふーん……クルトって人と友達なんですか。マイロ先輩」
「違うってば!」
なぜかにやにやと笑っているアンナ。このままじゃ話が進まない。
「で、なにしに来たのだ、お前は」
いつの間にかそばに来ていたマズルカが、腕を組みながら聞いてくれる。ありがたい。どうも僕は、調子を崩されてしまうようで、女の子たちのきゃいきゃいしたテンションは苦手なのだ。
「ああ、そうでした。もちろん、マイロ先輩に会いに……っていうのも嘘ではないんですけれど、実は半分仕事なんですよね」
「仕事?」
「はい。バルバラ商会からの依頼で、素材収集の仕事を請けまして。そのついでに、ダンジョンの第13階層にいるマイロって人に、伝言を届けてくれって」
「えぇ……」
どう連絡をするつもりなかと思っていたら、まさか冒険者を寄越すとは。
いやまあ確かに、届ける伝言自体は、僕ら以外にはさして重要な内容でもない。わざわざ商会の人間が、丁寧に運ぶまでもないということか。
「アンナももう、冒険者始めてたんだね」
「腕利きですよ」
指を二本立てながら、自慢げな表情をするアンナ。
学院の生徒が、フィールドワークとして冒険者になるのは通例だ。けど、彼女にはアナグマ亭でも会ったことがなかったし、まだフィールドワークには出てないのかと思っていた。
「ふうん。それで、伝言はなんて?」
「つれないですね。なんでも、問題は解決した、らしいですよ」
アンナの言葉に、僕は胸を撫でおろす。
よかった。どうやらバルバラ商会は、約束通り仕事をしてくれたらしい。
もちろん彼らにとっても、僕はまあまあクリティカルな情報を持っている立場だ。ゴルトログ商会に渡さないように動いてくれるだろう、と期待してはいたが。
「ひとまずは、決着したと思っていいか」
「だね。みんなにも教えてあげなきゃ」
川の向こうで様子を窺っているポラッカやサーリャ、それに家で食事の準備をしてくれているウリエラにも、伝えなくちゃ。
「伝言ありがとね、アンナ」
「いえいえ。なにかあったらまた連絡する、とも付け加えられましたが」
「勘弁してよ」
安堵から一転、追伸にげんなりしてしまう。
やっぱりこの件を盾に、なにかあれば僕らを便利に使うつもりなのだ。ぜひとも連絡しないで欲しい。
しかしそれを、メッセンジャーに言っても仕方がない。
「了解……じゃあお疲れ様、ばいばい」
「はい?」
「え?」
用が済んで帰るだろうはずのアンナは、目を丸くして僕を見ている。え、なに。
「まさかマイロ先輩、わざわざこんなところまで来た後輩に、お茶も出さず追い返すんですか」
「いや、来てくれたのはありがたいけど、もうなにも用ないでしょ」
「ひどいですね、学院の地下で匿ってあげた恩を、こんな形で返すなんて」
アンナは目元を手で隠し、すんすんとわざとらしく鼻を鳴らす。絶対嘘泣きだ。
けれど、後方からはそう見えなかったようで。
「マイロおにいちゃん、女の子を泣かせちゃだめだよー」
「やっぱりマイロくん、ああ見えて実はプレイボーイ……?」
いらない茶々が飛んでくる。
「……どうするんだ、マイロ」
うぐぐぐぐぐ。
答えに窮してアンナを見ると、手の隙間からちらりと目を覗かせる。じっと、僕を見つめている。紫の目が。
「ああもう、わかったよ! 上がって一息入れていったら!」
「ありがとうございます、お邪魔しますね、マイロ先輩」
けろっとした顔で目を細め、アンナはさっさと広場へと向かって歩き出した。
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