第74話:庭先にて

「あ、マイロくんもみんなも、おかえりー」


 すったもんだの末に仲間に加わったサーリャは、我が家でもあるトレントゾンビ・ログハウスと融合した、アルラウネゾンビだ。自らを構成する繊維を操作し、人間形態はとることはできるものの、基本的には広場を離れることが出来ない。


 なので今日も、狩りには同行せず、留守番を任せていた。


「わ、すごすご、大猟じゃん。今夜はごちそう?」


 獲物を引き連れて家に帰ると、水の入ったじょうろを手に、庭先に出ていたサーリャが出迎えてくれる。背後にいた鹿と熊のゾンビに、目を輝かせている。


「これから血抜きして、解体して、一部は塩漬けにして、だから」


 空を見上げる。


 出かけたのは朝だったが、もうすでに日が傾き始めている。途中でトレントにばかり遭遇し、休憩も挟んでいたら、食肉にできるモンスターに出会うまで思ったより時間がかかってしまった。


「食べるのは明日かな」


 ウリエラの夜が完成してから、この広場にも時間の流れができた。おかげで夜は寝やすくなったが、どうしても作業時間には制限がかかる。


 ゾンビのみんなは、寝ずに作業を続けることも容易いが、みんなだけ働かせて僕は寝ているわけにもいかない。


 本格的な解体作業は、明日以降にするべきだろう。


「ちぇ、そっか。でもお疲れ様、マイロくん」


 サーリャはじょうろを置くと、僕の腕に手を這わせ、そのまま手を取って、胸の前で両手で握る。ひんやりとやわらかな感触が、僕の手を包み込む。身体を寄せるように近づくと、青い目が上目遣いに見上げてくる。


 近い。たぶん癖なのだろうけど、いや、わざとやってるのかもしれないけれど、サーリャはなにかと距離感が近い。


 彼女がこれまで、どうやって生きてきたのかを考えれば、致し方ないのかもしれないけれど。


「もう、サーリャちゃん。狩ったのはおにいちゃんじゃなくて、わたしたちだよ?」


「ぐえ」


 対抗するように僕に飛びついてきたポラッカが、肩口から顔を覗かせ、頬を膨らませる。こっちも近い。


「わかってるって。みんなもおつかれさまっ」


「ほんとにわかってるかなあ? そういうことしてると、またウリエラおねえちゃんに怒られるんだよ」


「私は、別に、怒りませんが」


「謝っておけサーリャ。もうだいぶ怒ってる」


 ご覧のように、なんとなくみんなの空気がぎすぎすするので、ぜひやめて欲しい。


「はーい。ごめんねウリエラちゃん。でもウリエラちゃんも、もっとおねだりすればいいのに」


「しません。私がマイロ様になにかをねだるなんて、そんなこと」


「え、なにか欲しいものがあるなら、全然言ってくれていいのに」


 引っ込み思案なウリエラだけど、たくさんお世話になっているし、返すチャンスがあるなら返したいくらいだ。


 なのにどうしてか、ウリエラは顔を背けてしまう。


「いえ、その……本当に大丈夫ですから。あ、あの、夕飯の支度をしてきますね」


「あ、うん、ありがとう」


 なんだかここのところ、ずっとこうだ。ウリエラと、きちんと向かい合って話ができていない。話しかければ応えてくれるし、用があれば声をかけてくれる。


 けれど、目が合わない。


 目を逸らされているというか、避けられているような気がしてしまう。


 僕、なにかしてしまったのだろうか。


 ウリエラの背中を見送る僕の後ろで、マズルカとポラッカがため息をついた。


「えーと。そういえばサーリャは、水やりしててくれたの?」


 気を取り直して、サーリャの持っていたじょうろと、庭に目を向ける。


「そだよ。えらいでしょ」


「あはは、ありがとね」


 ログハウスが出来た当初に比べると、庭の様子は様変わりしている。


 ダンジョンの中で肉は手に入るが、植物はその辺りを闊歩していたりはしない。トレントは例外だ。


 そこで、庭の一角では土を耕して畑を作り、以前買い込んであったジャガイモの一部を、種芋として植えている。また別の一角はレンガで囲い、ポラッカが選んだ花と、僕の使う薬草を植える花壇にした。


 ウリエラの夜は、朝と夜を作り出し、同時に、ダンジョンの中で植物を育てることも可能にしてくれた。その世話は、なにかと不器用なサーリャにもできる、数少ない仕事なのだ。


「花壇の方は朝に芽が出てたけど、畑はどう?」


「まだなんだよねえ。この調子じゃ、いつ収穫できるかわかんないよ?」


 それはまあ、育て始めたばかりなので仕方ない、のだが。


「そろそろまた、買い出ししないとダメかな。あと農業に関する文献も欲しいか」


 栽培に関しては、僕らはみんな素人だ。種を植えて水をやれば野菜ができる、なんてものではないことくらいわかっているが、どうにか自分たちで消費する分くらいは育てていきたい。


 でなければ、結局いつまでも市場に頼ったままになってしまう。僕はもう可能な限り、人と接触せずに生きていきたいのだ。


「しかしマイロ、まだ連絡はないのだろう?」


「そこなんだよなあ」


 サーリャの一件で、僕らはゴルトログ商会に目を付けられるという、非常に面倒な立場に陥った。その状態を解消するため、バルバラ商会の手を借りたのだが。


 ゴルトログ商会が僕らから手を引いたという連絡は、いまだに来ていない。


 なので僕らは、もう数週間ほど、一歩もダンジョンから出ていないのだ。


「でも、もうずっと誰も来たりしてないし、大丈夫じゃないかなあ?」


 ポラッカの言う通り、刺客が来たのは最初の一回だけだ。


「そうだったらいいんだけど……マズルカは、どう思う?」


「なんとも言えないな。ロドムは約束を反故にする男ではないだろうが、ことが上手く運ばなかった可能性はある」


「やっぱり、パパが逆上して、余計に拗れたのかも……ごめんねマイロくん、私のせいで」


 確かに、サーリャが追われたのはサーリャのせいで、僕らが巻き込まれたのもサーリャのせいだ。けど、いまさら言ったって仕方がない。


「それでサーリャを責めるなら、とっくに君を商会に突き出してるよ。だから謝らなくていいから」


「マイロくん……」


「君を家族に迎えた以上、そのくらいの責任は負わないと。でしょ、マズルカ?」


 振り返ると、マズルカは少しだけ笑ってくれた。


「その気概を持ってくれるなら、アタシたちも少しは安心できる」


 そう言ってもらえるなら、よかった。


「もー、マイロくん! やっぱりキスさせて!」


「あ、ずるいよサーリャちゃん。わたしもおなか撫でて、おにいちゃん」


「待って待ってお願い襲わないで、なにも解決してないし血抜きもしないといけないんだから!」


 街に行けるのかどうか、まだだとしていつまでかかるのか、ダンジョンの中からではなにもわからないままだ。


 だが、待っていた報せは、本当に唐突にもたらされた。


「マイロ先輩。マイロ先輩はいませんかー」


 広場の外、橋を渡った先、トレントで塞いだ道の向こうから、思いがけない人物によって。

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