第62話:騎士ケイン(2)

「それで、いったいどんなご用だったかな。ケインくん?」


 城と見紛う荘厳で華美な建物。豪奢な調度品に囲まれ、磨き抜かれた大理石の床が輝く応接間。人をソファに座らせ、一段高い執務机からうすら寒い笑顔で見下ろしてくる、ゴルトログ商会会長アーダム。


 なにもかもが気に食わなかったが、あえて怒りは見せず、ケインは嘲笑を返した。


「たまたま見かけたんだよ。あんたたち、サーリャって娘を追ってるんだろ?」


「ああ、これは恥ずかしいところを知られてしまったね。つい口論してしまって、飛び出して行ってしまったのだよ。いやはや、年頃の娘というのは、扱いが難しい」


 ケインは得心する。


 なるほど、実の娘だったか。あの頭の緩い女が、どうやって商会から金をせしめたのか疑問だったが、それなら納得がいく。


 同時に確信する。


 この男は、すべてを見下している。実の娘も、自分も、この商会すら、自分の利益にならないのであれば、等しくクズだと思っている。


 気に食わないが、ケインにはむしろ好都合だった。自分の娘が誰とパーティを組んでいたのかすら、興味がなかったのだ。


「そりゃ大変だな。よかったら俺も探すのを手伝ってやろうか? あんたの娘と一緒に逃げた魔術師には、ちょっと心当たりがあってな」


「ありがたい申し出だが、身内の喧嘩に、無関係な君を巻き込むのは申し訳がない。良ければ、その心当たりとやらを教えてもらえれば、十分に謝礼をはずもうと思うのだが」


 ケインは唇を釣り上げた。やはり、断った。


「そう言うなよ、俺はミスリル級冒険者だ。腕前は保証するぜ。娘を見つけたいんじゃないのか?」


「もちろん、いますぐにでも見つけたいが、」


「それとも、部外者がいるとなにか不都合があるのか? 盗られた金のことを知られたくないとか?」


 アーダムの目の色が、変わった。


 空気が張り詰める。


「なんのことかな?」


「冒険者ってのは、耳がよくないとやってられなくてね。あの娘、あんたの金を盗んで逃げてるんだろう? しかも魔術師と一緒に逃げたところを見たはずなのに、どうしてかあんたたちは、連中を手配して大々的に追おうとしない」


 内心ほくそ笑みながら、ケインは滔々と語る。ケインが口を開くたびに、アーダムの目が怒りに燃えていくのが、面白くてたまらなかった。


「つまりあんたは、出所がどこだか知らないが、その金が盗まれたことを誰にも知られたくないんだ。秘密裏に捕まえて、こっそり処理しちまいたい。違うか?」


「知ったような口を利くじゃないか」


「知ってるのさ。俺はこれでも、カルヴィニヨン子爵の息子でね。隠しておきたい金に対する動きってのは、どこでも変わらないもんだな」


 厳格な父と兄が管理する、ひどく退屈で、自分のものにもならないつまらない領地だったが、なにもかもが清廉に回っていたわけではない。


 領民から徴収した税の一部。商人との間で取引される存在しないはずの品物。王家との関係も深い上級貴族に送られる、重たい荷物。


 表沙汰にできない金は、いくらでもあった。存在してはいけない金を動かすとき、人は可能な限り、関わる人間を減らそうとする。


 ゴルトログ商会は、まさにケインの記憶にある通りの、後ろめたいもののある人間の動きをしていた。


「なにが目的だ」


 アーダムの射抜くような視線が、愉快で仕方がない。


「別にあんたの金にも、その出所にもなにも興味ないさ。ただ俺は、あんたの娘と一緒に逃げたっていう、死霊術師に用があるだけだ」


 今度はケインの目に、昏い怒りが灯る番だった。


 マイロ。ヤツだけは許すわけにはいかない。自分からすべてを奪い取っておいて、のうのうと暮らしているなど、到底認められない。


 しかも今度は、サーリャまで使って、自分に盗みの罪を着せようとしたのだ。そうに決まっている。だが俺のほうが早かったぞ。先にアーダムに取り入ってしまえば、あとはこちらのものだ。


「報酬なんていらない。ただ、俺に何人か兵を貸してくれ。そうすれば、確実にあんたの欲しいものを手に入れてやる」


 アーダムが口を開こうとしたところを、手を挙げて遮る。不愉快そうな顔に、笑いだすのを必死で堪えた。


「おっと、俺をどうこうしようとか考えない方がいいぜ。俺から連絡がなくなった途端、あんたはカルヴィニヨン子爵家を敵に回すことになるからな」


 もちろんハッタリだ。もう実家とは何年も連絡を取っていないし、向こうもこっちが生きているかどうかなんて、知りもしないだろう。


 それでも、使えるものは使わせてもらう。こういうときばかりは、貴族の後ろ盾はとても役に立つ。


「……いいだろう」


 乗ってきた。密かに拳を握る。


「そうこなくっちゃな。それで、娘はどうする? 生きたまま連れてくるか?」


「生死は問わん。あれは散々世話を焼かせた挙句、私の顔に泥を塗り、恩を仇で返すような真似をしたのだ。この際、金はどうでもいい。余計なことを口走る前に、見つけ出して口を封じろ」


 ケインは、今度こそ顔に出してほくそ笑んだ。生かして金の在りかを聞き出せと言われたら、少々厄介だったかもしれない。だがこれで、その心配もなくなった。


「それで、娘たちはどこにいるんだね。聞けば、魔術師の転移門で逃げたという話だが、心当たりがあるのだろう?」


 なにもかもが順調だ。やっと運気が戻ってきた。


 尊大に胸を張って、ケインは答える。忌々しいマイロの首を切り落とす、その瞬間を夢想しながら。


「ダンジョンだ。あいつは、ダンジョンの中に逃げ込んでるのさ」


 それも、第11階層から15階層のどこか。あそこなら人が住めそうだと、パーティを組んでいた当時マイロが漏らしていたことを、ケインは覚えていた。

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