第60話:商談

 豪快に扉を開いて現れた商会長は、室内をじろりと見まわす。


「おお! お前さんがうちの奴隷を連れ帰ってきてくれたって死霊術師か!」


 だがソファに座る僕らを見つけると一転、相好を崩し、床すら破るんじゃないかって勢いで対面に腰を下ろす。僕なんか反動で跳ね上がりそうだった。


「俺はバルバラ商会会長のロドム。こっちは右腕のニノンだ」


「秘書を務めさせていただいております、ニノンです。どうぞごじっこんに」


 ソファに座るロドムの右後方に、羊皮紙の束を片手抱えた女性が、静かに控えている。栗色のロングヘアで、物静か、というよりは、冷徹で怜悧な印象の女性だ。いつからいたのか。ロドムに気を取られてまったく気付かなかった。


「僕は死霊術師で、冒険者のマイロ。こっちは」


 必要あるかわからないが、マズルカを紹介しようとした。できなかった。


「あーいい! いい! うちにいた奴隷だろ? なんて言ったか、あー」


「ルーパスのマズルカです。妹のポラッカと共に購入しました」


「そう、それだ。すまんが、いちいち奴隷の名前までは憶えてないんでな」


 言葉を途中でぶった切られた上に、この言い草。思わず眉を顰める。


「で、いくら吹っ掛けようってんだ?」


「は?」


「そいつがうちの奴隷だって知って、わざわざ生き返らせて、手間賃取りに来たんだろ? いくら欲しいんだって聞いてるんだ」


 どうもなにか、話がかみ合わない。僕はマズルカを売り渡すつもりなんかない。


「しかし奴隷ひとりに、そういくらも出せはしないぞ。そいつに持たせた商品もおじゃんになってる。その分は差し引かせてもらうから、出せてもせいぜい……」


「勘違いしているようだけど」


 口を挟むと、ロドムは肩眉を吊り上げる。


「ほう?」


「マズルカは単に、挨拶のために付き合ってもらっているだけだよ。ご存じの通り彼女は死んでいて、生き返ってはいない。マズルカはゾンビだからね」


「ゾンビだって?」


「彼女たちは、もう奴隷じゃない。王国法は、死んだ奴隷を死後も隷属させることを禁じている。マズルカもポラッカも、いまは自分たちの意志で僕のもとにいるんだ。ゾンビとして」


「そういうことだ」


 マズルカが頷く。


 ふむ、とロドムは唸り、顎髭を撫でる。それから、背後のニノンを振り返った。


「確かか?」


「王国奴隷制度第十二条三項に記載されています。また死霊術でゾンビになったものは、死霊術師から離れることは出来ないと聞きます」


 別にそんなことはない。死霊術師が仲間だと認識していれば、行動は自由だ。けれど言わないでおく。


「なんだなんだ、じゃあわざわざなんの用で来たんだ」


「だから、ひとつは挨拶に。マズルカたちが以前こちらで、”とても世話になった”と聞いたので。いま彼女たちは、僕の家族だ。そのことを承知しておいてください」


 さて、どう出るか。


 ロドムは顎髭を撫でさすりながら、じろじろと僕とマズルカの顔を見比べている。品定めされているような、見透かされているような。街で受ける忌避の目とは違う、落ち着かない視線だ。


 やがてロドムは、にやりと笑った。


「そうかい。承知したよ」


「ずいぶんあっさり認めてくれるんだね」


「はん。もうこっちじゃ損失で計上してる資産だ。必要な奴隷は補充してるから、いまさら突然戻されても困るしな。マズルカだったか。ずいぶん大事にされてるみてえじゃねえか。死んでよかったな」


「よくはない。だが、いい主人に巡り合えたとは思ってる。ここよりもな」


 あ、こいつ。


 最初から全部わかって言ってたな。さっきまでの話は全部、僕の反応を引き出すためだったんだ。やられた。試されるような会話は、慣れていない。


 でもこっちもわかったことがある。こいつは死霊術師のことも奴隷のことも、蔑んだり見下したりはしていない。ただ均等に、どう動かせば自分の益になるか、静かに計算し続けている。


「んで、もっかい聞くが、わざわざなんの用で来たんだ、死霊術師のマイロさんよ。本題に入ろうじゃねえか。俺もあんまり暇ってわけじゃないんでな」


 ほらやっぱり。どうせ僕らの用件も、ほとんど把握してるんじゃないか?


「もう知ってるんじゃないの? 僕らがいま、どこと問題を抱えてるのか」


「さあな。けど、噂なら聞こえてきてるな。なんだったか」


「ここ数日、ゴルトログ商会が躍起になって誰かを探しているそうです」


「そうそうそれだ! どうもここ数日、向こうがやけにバタバタしてるって話だ。お前さんたち、なにか関わってるんじゃないか?」


 いちいち白々しい。


 とはいえ、商人でもない、むしろ人付き合いなんて大嫌いな僕が、こんな手合いを相手に駆け引きなんて、仕掛けるだけ無駄だ。もう正直に、頭から全部話すことにしよう。


「ゴルトログ商会会長の娘サーリャが、いま僕のところにいる。というか、転がり込まれて頭抱えてるというか。正直、僕らじゃ手に余るから、どうしたものか相談したかったんだ」


「えらく謙虚な口ぶりじゃねえか。ゴルトログの娘を預かってるんだぜ、いくらでも吹っ掛けられるだろ。だいたい、なんでその話を、あっちじゃなくてうちに持ってくるんだ」


「お金なんか要求しないよ、誘拐犯じゃないんだから。本人が帰りたがらないんだ。彼女、商会の金を持ち出したらしくて、帰ったら殺されるって騒いでる。こっちとしてはさっさと出ていってほしいんだけど」


「なんだそりゃ」


 ロドムが豪快に笑う。こっちの台詞だよ。


「というわけで、サーリャを引き取ってくれる先を探してるんだ。ここで匿ってもらうことは出来ないかな?」


「ま、確かにあの男なら、手前のところから金をとられりゃ、娘でも殺しかねないな。しかし」


 娘や商売敵にまでこういわれるとは、ゴルトログ商会の会長、いったいどんな男なのだろう。いや、あんまり知りたくはないけれど。


 癖なのか、またロドムは顎髭を撫でている。表情は、あまり明るくない。


「悪いが、うちで引き取るのはお断りだ。ゴルトログ商会の娘なんざ、抱え込んだところで厄介の種でしかねえ」


 ごもっとも。たぶん、サーリャ本人がバルバラ商会にいれば、ゴルトログ商会と全面戦争になりかねない。


「ならせめて、どこかへ逃がしてもらうとかは? 僕らとしては、とっとと無関係になりたいんだけど」


「逃がしてやってもいいが、十中八九連中はもう、お前さんのことも標的にしてるぜ。そうなりゃ、娘が手を離れたところで、お前さんたちはゴルトログ商会に追われ続けるだろうな」


 ロドムはもうゴルトログ商会の動きを、おおよそのところまで掴んでいるのだろう。やっぱり、僕らがここに来た目的なんか、承知の上だったんだ。


 ということはロドムの言う通り、サーリャと別れたところで、なんの解決にもならない。思わず頭を抱えてしまう。


「八方塞がりじゃないか」


 ああもう、なんだってこんなことに巻き込まれなきゃならないんだ。


「だが」


 顔を上げると、ロドムは意地の悪い顔で、にやりと笑っていた。


「取引次第では、連中にお前さんたちから手を引かせることもできる。どうだ?」


 果たして、相談する相手が正しかったのかどうか、僕は確信が持てなかった。

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