第57話:夜を作るには
周囲を本棚と試料棚に囲まれ、ろうそくの灯りだけが頼りの研究室は、僕ら魔術師にとっては、寝室よりも落ち着く空間だ。
少しだけ涼しく、薄暗い地下室で、机に向かってウリエラと顔を突き合わせる。ウリエラは借りてきた本を広げ、いつもより少しだけ目を輝かせている。
「光の元素を用いた魔術具については、いくつか記載がありました。でもやっぱり、光源を作るものが多いです。ろうそくを使わない角灯や、街灯。変わったものだと、動く影絵を作るランタンなんてものも」
「いま欲しいものとは、真逆だね。動く影絵は面白そうだけど」
「はい……でも、これを見てください」
ウリエラが指さした挿絵には、半球状のガラス盤が記されている。ガラス盤には、夜の星々が描かれ、線でつないだ星座や、星の名前が記入されているようだ。
「これは、星天儀?」
「魔法の星天儀です。術式を起動すると、室内に夜の星空を描き出せるんです」
「へえ! 昼間でも関係ないの?」
「時間も天候も関係なく、光の元素を操作して、効果範囲内を晴れた日の夜と同じ状態にするみたいですね。盤面を操作することで、星の名前や星座を、星空にそのまま表示することも可能だそうです」
まさにいま欲しい魔術具そのものだ。
「これに使われている術式に少し手を加えれば、一定時間ごとに夜が来るように出来るんじゃないかと、お、思います」
「なるほど。効果範囲は大きくできるの? 可能なら、ここの広場全体に夜が来るようにしたいんだけど」
効果範囲がひとつの部屋だけでは、その部屋にいなければ時間を認識できなくなってしまう。それでは意味がない。
「そ、それについてなのですが、この家自体を魔術具にできないでしょうか」
「この家自体を?」
「はい。魔術具の基本は、機能を司る術式と、増幅器となる本体部分です。本体の役割は魔術師にとっての杖と同じですから……」
「トレントゾンビのログハウスを本体にすれば、いくらでも効果を増幅できる!」
「は、はい」
「じゃあ、時間は? 星天儀を起動する周期は、どうやったら計測できるかな」
「そ、それも考えていて、川の流れを利用しようかと。ここはダンジョンの中で、増水することも涸れることもありませんから、水車を作ってその回転数を計れば」
「時間が計れる!」
「ひゃっ」
ウリエラのひんやりとした手を、ぎゅっと握る。
彼女は資料から利用できそうな魔術具を探して、僕が思いついた問題点まできっちりカバーした、新しい魔術具を考案してくれていたのだ。
「すごいや、それならここでも、昼と夜のサイクルが出来るかもしれない。ウリエラのおかげだよ! そうだ、魔術具が出来たら、ウリエラの夜って名前にしようか」
「そ、そそそ、そんな、恐れ多いです、わ、私はただ既存の魔術具をいじったらと思っただけで。それに、その、まだ一番大きな問題が残っていて」
「一番大きな問題?」
「魔力源を、どうするか……」
む。
俯いてしまったウリエラの言葉に、僕も少し冷静になる。確かにそれは、一番大きな問題だ。
「魔術具の魔力源には、普通は魔晶石を使います」
ウリエラの言葉に頷いて、考える。
魔力は、物質を構成する根源要素だ。生きた人間にしろリビングデッドにしろ、魔術師というのは、己を構築する魔力を循環させ、放出することで、術式を起動し、魔術を行使する。
つまり、己の意志がなければ、魔力を術式に通すことは出来ない。
例外的に、魔晶石と呼ばれる鉱石だけは、物質でありながら、恒常的に魔力を放出し続けている。そのため、魔術具の魔力源に利用されるのだ。
「ですが、魔晶石は使い捨てで、すぐに枯れてしまいます。かといって、いくつも購入するわけにもいきませんから……」
「高いもんね、魔晶石……」
星天儀や角灯のように、使いたい時だけ起動して、用が済んだら停止する魔術具なら、魔晶石の消耗も最小限で済む。けれど、僕たちが作ろうとしているのは、常時稼働して、僕たちに時間の概念をもたらしてくれる、人工の空だ。長期間稼働させ続けていれば、すぐに使いつぶしてしまう。
朝と夜という、当たり前の時間を享受するためだと思うと、痛い出費だ。しかもそれでは結局、地上の市場に依存することになる。
ダンジョン内で魔晶石を手に入れる方法も、ないわけではない。ここより下の階層に行けば、ロックジャイアントなどのモンスターが、時たま体内に保有していることがある。だが発見できるのは、本当にごく稀だ。
「必要な魔力量ってどのくらいなの?」
「術式を稼働させるのに使う量自体は、多くはないです。学院の新入生程度の基礎魔力量があれば、消費より回復が早いくらいで……あ、あの、例えば、魔力源にゾンビを使うことは……」
「それが出来たら、簡単だったんだけどね」
魔力を放出するのは、己の意志。ここが厄介なところで、傀儡ゾンビは死霊術師が動かしているだけで、己の意志というものがない。
つまりウリエラたちのように、本人の自我を持っているゾンビでなければ、魔術を使うことは出来ない。傀儡ゾンビに魔術を使わせることが出来た魔術師は、いまだ存在していないのだ。
「すみません、お役に立てなくて……」
「ううん、とんでもないよ! ウリエラのアイデア自体はすごくいいと思う。ひとまず星天儀を作ってみて、魔晶石で動かしてみる。上手くいったら、恒常的な魔力源をどう確保するか考えてみる、ってのはどう?」
「は、はい、でもどうしてもダメだったら、わ、私をログハウスに繋いでください」
「やらないからね!?」
ウリエラをそんな、ただの魔力源として扱うなんてこと、出来るはずがない。
いや、でも。
確かに両方死体ならば、トレントと別のゾンビを繋ぐことも、理屈の上では可能だ。犬とダイアウルフの身体を、人間とルーパスの身体を繋いだように。
例えばただ繋ぐだけではなく、樹木と人間の肉を編み込むようにつなぎ合わせたとしたら。根や枝葉を自由に操るトレントと、人間の知能を融合出来たらそれは、どういうゾンビになるのだろうか……。
いけない、ちょっと好奇心が。
「……繋ぎますか?」
「……い、いや、最終手段、最終手段だから!」
家と一体化しようとするウリエラと、僕の好奇心をどうにか押し止めていると。
「あ、マイロくんもウリエラちゃんも、いたあ。こんな暗い所で、なにしてるの?」
能天気な声とともに降りてきたのは、魔術具の話で頭の隅に押しやっていた、目下頭痛の種であるサーリャだった。
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