第56話:騒がしい日々
致し方なく。
ほんっとうに仕方なく。
僕らの家に匿うことになったサーリャだけれど。涙にほだされたわけじゃない。ポラッカが同情しているようだったから、仕方なくだ。
しかし一緒に暮らし始めてみて、すぐに頭を抱える羽目になった。
「だ、ダメですそんな勢いよく掃いたら……!」
「ぶあっ、けほ、けほっ!」
部屋の掃除をさせようとしても、箒の使い方も雑過ぎて、余計に部屋中埃だらけにする始末。
「あ、あの、もういいですから……」
「ま、って、もう、ちょい……!」
食事の用意のために、かまどに火を点けさせようとしても、火打石を使ったことがなくて、ちっとも点火できやしない。
この子、びっくりするほどなにもできない。
家事を引き受けてくれているウリエラを手伝わせてみたものの、余計に仕事を増やすばかりで、すぐにお役御免になった。
ウリエラは丁寧に教えようとしていたのだが、どうにも要領も飲み込みも悪く、ちっとも進歩する様子がないのだ。
ただ、ルーパスたちと馴染むのは、やたらと早かった。
「ねねね、マズルカちゃん、耳触ってもいい?」
「やめろ、ルーパスの耳に気安く触れようとするんじゃない」
「えー、でもその髪飾り、ポラッカちゃんとお揃いでしょ? すっごいかわいいから、もっと近くで見たかったのになあ」
「かわ……い、いや、しかしな」
「あ、ねえねえポラッカちゃん、しっぽ触ってもいい?」
「ふふっ、いいよ。でもくすぐったくしないでね」
「お前やっぱり触りたいだけだろ!」
マズルカやポラッカに絡んでみたり。
「わわわ待って待って待ってあげる、あげるから! 飛び掛からないできゃああ!」
干し肉を片手に、トオボエに襲われてみたり。
彼女が来て、ずっと家にいるので時間の感覚はあいまいだが、おそらくかれこれ三日ばかり。
ゾンビなんて気持ち悪い、と言っていたのが嘘のようだ。奔放なサーリャは、犬っ気が強いルーパスの姉妹やトオボエとは、ソリが合うのかもしれない。
おかげで、当初はトレントゾンビ・ログハウスや、ダンジョンの中にいるという事実に慄いていたサーリャも、いまはああしてきゃっきゃとはしゃいでいる。
「でもさ、なんでマズルカちゃんは腕にも犬の毛生えてるの? ポラッカちゃんはきれいな手なのにさ」
「お前な……」
一方で、リラックスしてきたからか、言葉の端々に無神経さも目立つようになった。基本的に自分本位なのだ。
僕も他人のことを偉そうに言える性格じゃないが、少なくとも僕は自覚しているつもりだ。
まあだから、少しわかる。自分に味方なんていないと、彼女が泣いた理由が。
サーリャは媚を売るのが上手い。ケインのような男たちには、受けがよかったのかもしれない。そして、その何倍もの数の敵を作ってきたのだろう。
その挙句に、親の商会から金を盗んで、よりにもよって僕のところに逃げ込むなんて、どんな因果なんだか。
「マイロ様、紅茶が入りました……あ、あの、大丈夫ですか?」
「ああ、うん。ありがとう、大丈夫だよ」
テラスのテーブルから、トオボエとサーリャ、それにポラッカがじゃれあっている庭を眺めていると、ウリエラがそっとティーカップを差し出してくれた。
「サーリャのこと、どうしようかなと思ってさ」
「はい……」
「ウリエラは彼女のこと、どう思う?」
ウリエラはトレイを抱きしめ、少しだけ思案する。
「私は、少し、苦手です。さっきも、急に髪を触られそうになって」
「あはは、なってたね」
ウリエラは、べたべたされるのが苦手らしい。僕とはお互いに、寝る前に身体を拭きあったりしていたけど、人見知りするのかもしれない。
「それに、あの人はマイロ様のことを、ずっと悪く言っていました」
それに関してはまあ、いまさら大して気にもならないのだけれど。
「ただ」
「ただ?」
「寂しい人なのかもしれない、と思いました」
彼女の抱く印象は、僕のそれよりも、少しだけサーリャ寄りだった。
「まったく、サーリャめ、無遠慮に触りすぎだ」
「あはは、お疲れ様」
マズルカが、ふらふらとテラスにやってくる。結局しっぽを触られたらしい。
「マズルカさんも、紅茶飲まれますか?」
「ああ、頼む。しかしマイロ」
「んー?」
「サーリャのこと、今後どうするつもりだ?」
「まさにそれを考えていたところ」
お世辞にも好きな相手ではないが、一度匿うと決めた手前、無策に外に放り出すつもりはない。かといって、このまま僕たちの家に住まわせるわけにもいかない。
「僕らも顔を見られてるだろうから、このままじゃ人前に出られないしなあ」
同じ転移門に飛び込んで、すぐにサーリャだけ放り出さなかった以上、もう僕たちもゴルトログ商会に目を付けられていると考えるべきだろう。
こんな状況では、買い物はおろか、学院に顔を出すことすらままならない。
いまはまだ、それは困る。
生きた人の営みから距離を置きたい以上、いずれはもっと深くに潜って、ダンジョンから出ないで暮らす日が来るかもしれない。でもそのためにもまだ、街から締め出されるわけにはいかないのだ。
「街に戻すにしろ、どこかに逃がすにしろ、ゴルトログ商会には手を引いてもらわないと」
「難しいだろうな。会長に疎まれていた娘が、金を持ち逃げしたんだ。名誉のためにも、徹底的に探し出そうとするぞ」
「だよねえ」
バルバラ商会にいたことがあるマズルカが言うんだ、きっと……。
「あれ?」
「む、どうした?」
「いまなにか思いつきかけたような……あー、ダメだ! サーリャが来てからあんまり眠れてなくて、頭が回らない!」
もうずっと、信頼できるゾンビたちとばかり一緒にいたから、突然やってきた彼女にどうにも落ち着かないのだ。
なによりサーリャは、生きた人間だ。僕は、心を許すことが出来ない。
「ただでさえここは、昼夜の別がないから身体が疲れやすいのに……」
慣れてきたと思っても、やっぱり人間には昼と夜のサイクルが必要なのだ。
「あの、マイロ様。そのことで、ご相談がありまして」
「そういえば、魔術具を作れないかって話だったよね」
ウリエラはダンジョン内の、常時昼間問題を解決できないか知恵を出してくれていた。そもそも、そのために図書館に行くのが、先日街に出た主な理由だったのだ。
「なにか進展あった?」
「少しだけ……で、ですがまだ解決には程遠くて。あ、あのでも、お疲れでしょうから、また改めてでも」
「ううん、聞かせてほしいな。気分転換にもなるし。そうだな、地下の研究室行こうか」
研究室には、魔術に関する文献もいくつか置いてある。なにか参照したくなるかもしれないし、そっちのほうが静かで便利だ。
「は、はい!」
嬉しそうに返事をしたウリエラと連れ立って、僕らは地下へと移動した。
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