第50話:貧弱な物差し
「ねえねえダナちゃん、これはどうかな、似合う?」
「おー、いいじゃんいいじゃん。ポラッカちゃんセンスあるねえ」
「えへへ。おねえちゃん、見てみてー」
昼下がりの買い物客で賑わう市場。
露店に並べられた生織のストールを首に巻くポラッカは、すっかり意気投合したダナに賛辞を贈られると、マズルカに向かって嬉しそうに手を振っている。
マズルカは小さく手を振り返す。
「ルーパスとミュークスはソリが合わない、なんてまことしやかに噂されていましたが、あの子たちを見ると、まるで大嘘だったようですね」
「アタシもそう思ってたよ。だが、あの二人を基準に考えていいかは、いささか疑問だがな。あるいは、アタシたちが真っ当なルーパスではないからかもしれないが」
ポラッカはやっぱり、物怖じせずに誰とでも打ち解けられるようで、ダナとも気が合うらしい。微笑ましい買い物風景だ。それを見守りながら歩くマズルカとヘレッタも、わだかまりなく言葉を交わしている。
そして傍らには、全員を見守るように、大柄なダグバ。
死者と生者が、はしゃぎながら歩いている。僕としても、不思議な光景に思えた。
一方で僕とウリエラ、クルトとセルマは、さらにその後方に続いている。
結局クルトたちは、ダンジョンでの戦利品をボートマン親父に売りつけ、そのまま店を出て僕らに合流している。
本当に面倒くさいけれど、仕方ないので事の顛末を説明してやった。
「変異グールは倒した。そこまでは伝えたとおりだし、グールたちとの戦いで被害は出てない。前衛は傷も負ったけど、ゾンビだから修復すればなんともないからね」
「では、フレイナ様は……」
「戦いのあとで、僕らの仲間ではいられないってことだったから、死体に戻った。まあ、もともとグールの群れを倒すまでって話だったし、やっぱり彼女は、死んでも教会の人間だったからね。死霊術師とは相容れなかったんだよ」
彼女が自分で選んだ結末だ。僕は別に、なにも強要はしていない。
ただ、あるいは聖騎士とも仲間になれるかもしれない、という期待を持っていなかったと言えば、嘘になってしまうが。
「ああ、それは仕方なかったかもしれないけどな。けど、その髪はどういうことだ」
クルトが、ウリエラの髪を睨みつける。なんだその目は。ウリエラに、なんでそんな目を向けるんだ。
「フレイナが持ってた、月の銀の髪。でも今はウリエラの髪だよ」
「まさかと思いますが、剥ぎ取ったのですか、フレイナ様から」
「うん。頭皮ごとウリエラに移植したんだ。まさか一本一本植え替えるわけにもいかないでしょ?」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
すごい剣幕でクルトが叫び、前を行くみなも振り返った。セルマも険しい顔をしている。
「……なに、急に?」
「なに、じゃないだろ! 死者から身体の一部を剥ぎ取るなんて、いくら死霊術師だからって、やっていいことと悪いことがあるだろ」
ああ、出た。善と悪。僕がどうしても理解できないでいる、法にも実態にもそぐわない未知の線引き。彼らが信じて行動の基準にしている概念。
「王国法では、死者を本人の意志に逆らって拘束することを禁じてはいるけれど、死体そのものは発見したものの所有物として扱われる。なのに君らは、その善し悪しを判別できるの?」
「それは、だからって」
「フレイナはフレイナの意志で、あの死体を手放したんだ。僕らはそれを、無駄にしないように貰い受けているだけだよ」
「フレイナ様は」
セルマが、はじめて見る怖い顔で僕を睨む。
「同意されたのですか? 死後に、遺体をどう扱うかについて」
それ、なにか関係があるのだろうか。
「ううん。泣きながら嫌がってた。もう死んでるのに、まるでこれから殺されるみたいに」
いくつかのことが同時に起きた。
クルトが腰から抜いた剣を僕の首筋に向け、ウリエラがその前に立ちふさがる。
マズルカがバグ・ナウの爪をクルトと、咄嗟に背の戦斧を抜こうとしたダグバに向ける。そのマズルカに、ヘレッタが杖を突きつける。
ダナがポラッカの手を引いて下がったが、別に攻撃の意志はないようだ。
「いきなりずいぶん過激じゃないか」
「落ち着いてください、マズルカも、クルトも」
これ、僕が悪いのかな。ヘレッタはまだ冷静なようだけど、クルトやセルマは、完全に敵意を見せている。
なにが彼らの琴線に触れてしまったのだろう。
「どういうつもり、クルト」
「そっちこそどういうつもりだ。俺は、あんたはもっと、思いやりのあるやつだと思ってた。なのに、どうしてそんな、追い剥ぎよりも恐ろしいことが出来る」
なんだそれ。
「僕が彼女を殺したわけじゃないのに? 死んでいた彼女の死体を使っただけだ」
「同じことですわ! 本人の意志を無視して、身体を奪うだなんて」
わからない。クルトもセルマもたぶん、死霊術師としての僕を尊重していた。なのに、なぜそんなに激昂するんだろう。
「僕は死霊術師だよ。目の前に死体があったら、死霊術に利用するのは当然でしょう。君らと会ったときだって、フレイナはもう死んでいたわけだし」
「だからって、」
「じゃあ君たちは、さっきアナグマ亭でなにを売ったの」
「なんの関係が」
「モンスターから剥ぎ取った死体の一部じゃないの? それはモンスターたちの意に沿ってやってることなの?」
クルトとセルマの顔色が、また変わった。
「モンスターはまあ、だいぶダンジョンに歪められているけれど、生き物だったことには変わりない。それを殺して、身体の一部を剥ぎ取って、自分たちの糧にしてる。冒険者だけじゃない。生きる上ですべてのものがやっていることだ。僕たちは他の生き物の肉を食べて、あるいは骨や革を加工して便利に使って生きている。捕食される側の意志とは無関係に。何故人間の死体でだけ、同じ行いの善し悪しを問うことが出来るの?」
「ですが、故人を丁重に弔うのが、人の文化というものです」
「同じことだよ。どう扱われようと、死体は単なる物に過ぎないし、死者に死体の状態は関係ない」
僕の実家は墓守だった。だから余計にわかる。
弔いというのは、死者の意志によって行われるものじゃない。生者が生者の都合によって、生者のために行うものだ。
文化が変われば扱いも変わる。棺に詰めて土に埋めようと、灰になるまで焼こうと、髪や骨でアクセサリーを作ろうと、野ざらしで鳥や獣に食わせようと、結局それで満足するのは、生者だ。
弔いは、生者のための儀式で、死体はその道具なのだ。
「生前誰であったって、死体は死体だ。死霊術は、死体を仲間にして、死者の魂にその所有権を渡せる。フレイナは僕の仲間であることを拒んで、所有権を手放した。僕はそれを、他の仲間のために使った。それだけのことでしょ」
「冷たい論理ですね」
ヘレッタはやはり、魔術師だからだろう。僕の理屈を飲み込めているようだった。
けれどクルトの目は、揺れている。
優しいやつだ。獣と人間を同列にするなと断言する傲慢さも、弔いが死者のためであると確信する不遜さも持ち合わせられない。そこで言い返せないなら、もう剣を下ろしてくれないかな。
「あ、あのマイロ様」
「ウリエラ?」
「どうして、自分が悪者になろうとされるのですか? さ、先に私たちを襲ったのは、あの女のほうなのに」
クルトたちが、違う動揺にたじろいだ。
「どういうことですか。フレイナ様が、先に襲った……?」
「あの女はグールとの戦いの後、寝ているマイロ様を悪しき死霊術師だと決めつけ、殺そうとしたのです。服を脱いでみせましょうか? そのときマイロ様をかばってできた傷が、背中に残っているはずです」
いやそれは別に、わざわざ言う必要はないかなと思っただけなんだけれど。
「マイロ、その話、本当なのか?」
「まあ、確かに寝首を掻かれそうになったのは事実だけど。そこ重要?」
「重要だろ! なんで黙ってたんだ、全部聞かなきゃ、判断できないだろ」
「そっちの物差しが貧弱で判断できてないのに、なんでこっちに怒るんだよ」
「いいから、どういう経緯でそうなったんだ!」
それも話さないとダメ? いちいち面倒くさいなあ。
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