第49話:仲間なんかじゃない

 じろじろと衆目を集めながら通りを歩いていた僕らだが、買い物の前にまず寄らなければいけない場所がある。あんまり顔を出したい場所でもないんだけど。


「ねえマイロおにいちゃん、さっきから気になってたんだけど、その荷物なあに?」


 ポラッカが僕のかばんを見ながら、眉を顰める。


「なんだか変なにおいがする」


「これは、モンスターから採取した身体の一部だよ。薬や防具の材料になったりするから、売ってお金にできるんだ」


 僕が研究室に保存していた試料の一部だ。


 ジャイアントリザードの皮やイエロージャケットの毒針、トレントの根に、ゴブリンの肝。魔術師としても有用なこれらの素材は、冒険者の主な収入源でもある。


「モンスターを倒すたびに集めてたんだけど、だいぶ溜まってきちゃったからね。死霊術で使いそうな分だけ残して、残りは売ることにしたんだ」


「なるほどな。氏族でも薬作りに使っていたが……しかし、商会にいた頃には、冒険者が売りに来ているのを見た覚えがないな」


「そりゃ、ダンジョンにはいくらでもモンスターが出るけど、そこから採れる素材は外の世界でも普通に取引されてるもの。そのまま冒険者が売りさばいてたら、市場が崩壊しちゃうよ」


 ゴブリンのような亜人にしても、ダイアウルフやワイルドボア、トレントだって、どれも外の世界で普通に棲息している動物や魔物だ。これら生き物から採れる素材は、猟師ギルドや商人ギルドの間で厳密に管理がなされている。


 だがダンジョンでは、あらゆる生き物が(あるいは生き物ではないものが)モンスターとして出現する。倒す実力さえあれば、ほぼ無制限に供給されてしまうのだ。


 それらを以て冒険者が市場を踏み荒らすことは、決して許されない。


「だから冒険者が入手した品物は、冒険者ギルドが一括して引き取って、市場に流す量や価格を調整してるんだ。僕らが売りに行く相手は、冒険者ギルドってことだね」


 ガストニアではダンジョン潜りがもっぱらの冒険者だが、本来的にその仕事は多岐にわたる。各種の素材収集に、農村に現れた魔物の討伐。旅人や商隊の護衛をすることもあれば、ゲオルギウスのような賞金首狩りに乗り出す者もいる。


 これらを仲介するのもまた、冒険者ギルドの役割だ。ギルドが間に入ることで、冒険者と、冒険者以外の間での経済バランスが保たれているのだ。


「ってことで、まずこれを売って、今日の資金を調達するんだけど……」


 もちろん貯金はあるが、収入がなければ目減りする一方だ。結局この辺、どうしても街での経済活動に束縛されているようで、ちょっと気が滅入る。


「あ、じゃ、じゃあ、アナグマ亭ですか……?」


「うん。久しぶりに顔を出すことになるね。ウリエラは大丈夫?」


「は、はい、大丈夫、だと思います」


 ウリエラが、ちょっと俯いた。それも仕方ないだろう。あそこには顔を合わせたくない相手が、多く出入りしている。


「アナグマ亭?」


「うん、もうすぐ着くんだけど……ほら、あそこだよ」


 石造りの建物が並ぶ通りに、穴から顔を出したアナグマを模った、木彫りの看板が掲げられている。アナグマの手には酒の入ったジョッキ。


 仕事の仲介に斡旋、戦利品の引き取りを手掛け、今日の酒と食事に、寝床を用意して、駆け出しから腕利きまで、冒険者たちの集まる店。ガストニアの冒険者ギルド、アナグマ亭だ。


 まだ街で普通の冒険者をしていた頃、僕やウリエラは学院の寮で暮らしていたが、パーティとしてはここを拠点にしていたものだ。


 ドアを開けて中に入ると、店は今日も昼間から酔客で賑わっている。


 じろじろと無遠慮な視線を受けながら、カウンターへ向かう。


「用件は」


「戦利品を売りに来たんだ」


 厳しい目で僕らを見回す無愛想な店主のボートマン親父に、モンスターから採った素材の袋を渡す。まあこの人は、誰が相手でもこんな感じなので、殊更気にもならない。


 並みいる冒険者を相手にしているボートマン親父は、いまさら死霊術師の紋に顔色を変えることもなく、袋の中身をじろじろと改める。


「相変わらず無駄にきれいにしてやがる」


「試料用の余りだからね。手間が省けるでしょ」


「ふん」


 ボートマン親父はカウンターから袋を取り出すと、中に入った硬貨の枚数を数え、こちらに渡そうとした。


「あれ」


 のだが、その直前にひっこめられ、何枚か硬貨を抜かれてしまう。


「お前、ちょっと前に客室で騒ぎを起こしただろう」


「騒ぎ……ああ、ケインたちのこと? なにか問題あった?」


 キースは死んでしまったが、ダンジョンでの負傷が原因なのだから、別に僕が咎められるような理由はないはずなのだが。


「死体やら腕やら、残していくんじゃない」


「えぇ……誰も片さなかったの。それはなんか、ごめんなさい」


「ふん。また死体を置いて行くつもりじゃないだろうな」


 ボートマン親父がウリエラたちを見回しながら言う。むか。失礼な。ウリエラやポラッカが少し怯えてるじゃないか。


「みんなは僕の仲間だよ。置いて行ったりしないし、泊まるつもりもないから」


「そうかい」


「んじゃ、もらっていくよ。ほら、みんな、」


 マスターであるボートマン親父はそうでもなくても、冒険者の間でも死霊術師は毛嫌いされているし、この店にはあんまりいい思い出はない。僕はボートマン親父から硬貨の袋を受け取って、さっさと踵を返して店を出ようとした。


「ん!? マイロ、マイロじゃないか! あんたやっと見つけたぞこの野郎!」


 だって言うのに、店の入り口でばったりと、その会いたくない相手の筆頭に出くわしてしまうなんて。


「……クルト」


「いままで一体どこにいたんだよ。あれきりすっかり姿を消しやがって、こっちがどれほど心配したと思ってるんだ!」


「なんだよ、ちゃんと伝言は残したでしょ。聞かなかったの?」


「聞いたよ。けど、一緒に戦った仲間に、『グールは倒した』なんて一言で済ませるなんてあんまりじゃないか」


「君らがどうしてもって言うから使ってあげただけで、断じて仲間なんかじゃないからね!?」


 ああもう、だから嫌だったんだ。もうさっさと行こうよ、みんな。そう呼ぼうと思って振り返ったのだが。


「ウリエラさん、どうもその節はありがとうございました。しかし、その髪は……」


「あ、い、いえ、こちらこそ、手を貸していただいて……こ、これは、えっと」


「……ダイアウルフはいないのだな」


「トオボエはダンジョンで留守番だ。さすがに外に連れては来れないからな」


「わあ、わたし、ルーパス以外の獣人って初めて会った。はじめまして、わたしポラッカだよ」


「えっ、えっ、なにこの子、この間はいなかったじゃーん! かわいいっ! ダナはダナだよ! よろしくねっ!」


 なんでみんな歓談モードに入ってるのさ!


「……あの、マイロ様?」


 僕にそう呼びかける相手は、ウリエラ以外にはひとりしかいない。


「なに、えっと、セルマだっけ」


「はい、セルマですわ。その、フレイナ様はご一緒ではないのですか。それに、ウリエラ様のあの髪は……」


 まあ、当然そういう話になるよな。クルトも雲行きを察して、真剣な眼差しで見つめてくる。


 面倒くさいなあ、もう。


「なあ、形はどうあれ手を貸したんだ。その後どうなったのか、聞かせてくれよ」


「……はあ。僕らは買い物に行くところだったんだから、もう店を出るよ。歩きながらでいいなら、教えてあげるから」

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