第47話:本日のご予定は

 みんなで食卓に着き、ウリエラお手製の食事を頂く。


 誰にも脅かされない、煩わしい視線を向けられることもない、テーブルを囲んでのんびりと食べる食事。僕が新しい生活に望んでいたものだ。


「ウリエラの作ってくれたごはん、今日もおいしいよ。ありがとうね」


「い、いえ、お口に合っていたなら、よかったです。おかわりもありますから、必要でしたら言ってくださいね」


「あ、わたしおかわりしたいな、ウリエラおねえちゃん」


 一番の食いしん坊は、やっぱりポラッカだ。身体がくっついてからは、以前にも増してよく食べている。


「んんー……首からこぼれちゃうの気にせず食べれるの、しあわせ」


 感想だけ聞くととんでもないが、まあこの間までは、食べたものが本当にそのまま首からこぼれていたのだから、仕方ない。


 なにより、これで幸せを感じてくれているなら、それに勝ることはない。


 食事は、娯楽だ。殊の外、彼女たちゾンビにとってはさらに。


 今更言うまでもないことではあるが、ウリエラたちは本来食事も、睡眠も、呼吸すら必要とはしていない。そこから得られる感覚も、すべて生前の感覚をエンバーミングの術式が再現しているだけだ。ただ活動するだけならば、彼女たちにはそのどれひとつとして必要はない。 


 けれど彼女たちは、食事も睡眠もとれるし、性行為だって行える。そこで得られる快感やかすかな苦痛を、僕は彼女たちに残している。


 生存のためという枷を外されたとき、それらはすべて、ただの娯楽になるからだ。いままで必要に駆られて行ってきた行為を、ただ快楽のために行えるのだ。


 死者はみな、生の束縛から解放されている。それを存分に味わってもらいたくて。


 ほら、いつも気難しそうなマズルカも、食事のときには顔をほころばせ……ていると思ったのだが、なんか難しい顔をしていた。


「旨いとは思うのだが、ときにはもっとガブリと齧りつくように肉を食いたくもなるな……鹿でも猪でもいい、塊の肉を串にさして、塩や香草でたっぷり味を染み込ませて、火で直に炙るんだ。脂が滴って、匂いを嗅いだ途端によだれが出そうになる」


「わあ、おねえちゃん、わたしそれ食べたいなあ。だって奴隷の間は、全然そんな料理食べられなかったもの。硬いパンばっかりで」


 どうやら、違う食への欲求があふれてきたらしい。


 そんな話をされてポラッカが黙っていられるはずがないし、僕だって気になる。


「う、す、すみません、ぱっとしない料理ばかり作ってしまって……」


 こっちはこっちでなんかへこんじゃってるけど。


「そんなことないって、ウリエラの料理もすごくおいしいもの。そうだ、マズルカと一緒に作ってみたら? 串焼き肉。ウリエラの料理の幅ももっと広がるかも」


「で、でも、いいんでしょうか。お邪魔になっちゃうんじゃ」


「いや、手間はかからないが、人手はいくらあっても困らない。手伝ってくれるなら歓迎する」


「は、はいっ、よろしくお願いします!」


 どうにか丸く収まりそうだし、食卓の彩りも増えそうだ。


 なんて、僕が満悦している横で、こちらも楽しみが抑えきれないポラッカが、にこにこの笑顔で言った。


「えへへ、明日の朝、楽しみだなあ」


 んん?


「朝から串焼き肉食べるの?」


「あ、あれ、今日のお夕食に作る話かと思っていたのですが」


 僕とウリエラが首を傾げると、ポラッカも不思議そうな顔をする。


「? 今日の夕食って、いま食べてるこれじゃないの?」


 なんか認識がずれている。


「僕はこれ、朝食のつもりだったんだけど」


「わ、私もです……」


 頭に疑問符を浮かべる僕ら三人を見て、マズルカが得心したように頷いた。


「そうか、マイロはさっきまで寝てたのか。アタシとポラッカは、さっきまで弓の訓練をしていたから、いまが一日の終わりのつもりでいたんだ」


「あー、なるほど」


 ここはダンジョンの第13階層、超常の森の奥深くだ。頭上を覆う枝葉の天蓋の隙間からは、白くぼやけた空らしきものが覗き、緑の迷宮を、昼も夜もなく常に明るく照らしている。僕たちの家がある広場は、木々も開けているから特に明るい。


 さらには、僕以外は睡眠すら必要ないのだから、時間の感覚もめちゃくちゃになろうというものだ。考えてみれば、地下は寝室よりも暗いのだから、眠たくなるのも当然だったかもしれない。


「やっぱり、どうにか時間の経過を感じられるようにできないかな。寝るときだけ暗くしたりしても、あんまり意味ないしなあ」


 全員で同じサイクルを共有したいのだ。僕が寝るからいまは夜、なんて決めたって仕方がない。正直に言えば、もうこの樹海ゾーンに入ってから何日くらい経っているのか、まったくわからなくなっているし。


「トレントゾンビで空を覆って、暗くする? でもそれじゃ限度があるし、面倒だし、見た目もスマートじゃないしな……」


 頭を悩ませる僕の服の袖が、控えめにちょんちょんと引っ張られる。


「ウリエラ?」


「あの、マイロ様。じ、実はそのことで、考えていたことがあって……」


「もしかして、さっき言いかけてたこと?」


「は、はい。ご存じかと思いますが、黒魔術は元素を操る魔術です。その元素の中には、光も含まれているんです。収束させた光による攻撃や、幻影を作り出す術式が多いのですが、上手く操作できれば……」


「昼と夜の日光を再現できる?」


 こくり、と小さく頷いたウリエラの手を、僕は思わず両手で握っていた。


「すごいじゃないか、さすがウリエラ! また大きな悩みが解決しそうだよ!」


「あ、あ、あの、でもその、この広場全体を私ひとりで操作するのは難しいですし、長期的に術式を走らせ続けるとなると、魔術具を作った方がいいと思うのですが、魔術具に関する資料はあんまり持ってきていなくて……」


「じゃあ、一度学院に行かないとね。ついでに、買い出しも行かないとかなあ」


 この家が完成してから、調理器具や寝具などを買い込むのに、一度街に戻っている。けれどどうやら、もう一度出かける必要がありそうだ。


 なるべくダンジョンに引きこもっていたい、とは思っても、生活の質を保持したいのならば、結局街に出ることは避けられないのだ。なんだか悔しいけど、仕方ない。


「マイロおにいちゃん、お出掛けするの?」


「うん、今日はそうしようかな」


「わたしも、わたしもいきたい。ね、おねえちゃんも一緒に行こうよ」


「アタシもか? 確かに、肉を焼くための香草や調味料は、買わないとないが」


 ポラッカが街に出たがるのも当然だろう。


 彼女たちがガストニアに来たのは、奴隷として商会に買われてきたからだ。自由な生活などあるはずもなく、商会にこき使われる日々を過ごした末に、ダンジョンで死んだのだ。


 僕の仲間としてゾンビになってからも、しばらくは頭だけだったのだから、人前出られるはずもなかった。


 いまは奴隷でもなければ、頭だけでもない。それに、ずっとこのログハウスにい続けるのも、ポラッカには退屈だろう。


「そうだね……じゃあ、今日はみんなでお出掛けにしようか」


「ほんとっ? やったーっ」


「しかし、大丈夫か?」


「平気だと思うよ。胸の刻印は隠せてるし、どの道死んでるんだから、もう奴隷じゃないしね」


 以前は留守番してもらっていたが、あのときは胸元の刻印も丸出しだったし、彼女たちが死んでから、時間もさほど経過しておらず、商会に見つかると面倒になりかねなかった。


 いまならもう時間も経っているし、商会の資産にも計上されていないはずだ。


 よし、今日は久々の外出だ。そうと決まったら、さっそく準備しなければ。


 僕は意気揚々と、残っていた朝食を平らげた。

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