幕間
第45話:疑問と懸念
皆で新しい家をめいっぱい見て回り、トオボエと庭を駆け回り、ポラッカとどこに花畑を作るか相談し、ウリエラと内装をどんな風に整えるか打ち合わせていたら、さすがにはしゃぎ疲れてしまった。
ただし僕だけ。みんなゾンビなので疲れはない。ずるい。
ともあれ、もう休もうということになった。まだそれぞれの寝室には、寝具も揃っていないので、今日のところはリビングに寝袋を敷いて雑魚寝だ。ちなみに絨毯なんて上等なものもない。考えなければ。
川の水で顔を洗い、今後の生活に思いを馳せる。
まずは家の中に必要なものを揃えなければ。寝具に、絨毯や、カーテン。食器も用意しないと。身の回りを整えたら、出来るだけダンジョンから出ずに暮らしたい。食料は、肉は動物系モンスターを狩るとして、野菜は栽培できるだろうか。
でも学院にはまた顔を出す必要があるかな。死霊術を活用した建築は結構画期的だと思うし、レポートにまとめたり、他にも用途を開拓してみたい。
ついでに可能なら、この広場だけでも昼と夜のサイクルを再現してみたいけれど。
「マイロ、少しいいか」
などとつらつら考えていると、マズルカに声をかけられた。
久しぶりに鎧を脱いで、楽な格好になっている。その分どうしても、あちこちに傷が目立つ。できれば肌を貼りかえて、きれいにしてあげたいんだけどな。
「うん、どうしたの?」
「ああ、まあ、なんだ……」
マズルカは僕のそばまで来ると、珍しく言いづらそうに、もごもごと言葉を選んでいる。なにかあったのだろうか。
「なにか気になることでもあった? なんでも言ってよ」
「なら、聞くのだが」
佇まいを直したマズルカが、真っ直ぐに僕を見つめる。
「フレイナのことだ」
ああ。
彼女は、残念だった。教会の教えとやらに死後まで縛られ、結局仲間になってもらうことは叶わなかったのだ。
だいぶ暴言を吐かれたり、ゲオルギウス相手に走り回る羽目にもなったけれど、ポラッカの身体やウリエラの髪をもたらしてくれたので、教会の人間だけれどそれほど悪感情は抱いていない。
彼女のおかげで、ひとつ重要な事実も知ることができたし、死体の残った部分は敬意をもって葬らせてもらった。
「せっかく死んだんだから、もっと自由になれればよかったのにね。あ、もしかして彼女を仲間にしなかったこと、不満だった? マズルカとは、前衛で息もあってたみたいだし」
「いや、あの結末を選んでしまったのは彼女自身だ。高司祭とやらに体よくつかわれただけかもしれないが、こちらに牙を剥いた相手を仲間に、なんて気はアタシにもさらさらない。ただ」
「ただ?」
「アタシたちに祝福は意味がないと、どうしてもっと早く教えてやらなかった?」
?
どういう意味だろう。
「教えてたつもりだけど。魂は穢れてないよ、って」
「そうではない。聖句を唱えることでもたらされる祝福が、なんの効力も及ぼさない、ということをなぜ教えなかったんだ、と聞いているんだ。そのことをもっと早く知っていれば、フレイナが違う決断をする可能性もあったのではないか?」
改めて言い直されても、やっぱり僕にはよくわからなかった。
「同じことじゃない? だって『空白』由来の穢れはないんだから、それを浄化するための祝福も意味がない。当然の帰結だと思うんだけど」
フレイナは何度言っても信じてくれなかったが。
そう答えるとなぜか、マズルカは額に手を当てて首を横に振る。
「同じではない。お前たち魔術師にはその理屈で通じるかもしれないが、少なくともアタシも理解していなかった。フレイナが聖句を唱えたとき、本当に肝を冷やしたんだからな」
「え、そうだったの? わかってくれてるものだと思ってた」
「アンデッドとリビングデッドが違うということも、初めて知った」
「ほんとに!? ごめん、全然気づいてなかった。そうだったんだ……今度から気を付けるよ。マズルカも、なにかわからないことがあったら聞いてね」
言われてみればケインたちも、死霊術と治癒魔術が違うことすら理解していなかった。直近で話す相手が学院の同期か、ウリエラばかりだったから、魔術師同士の思考で会話してしまっていたかも。
「はあ……いや、いい。だがそうだな、今後も似たようなことがあれば、指摘する。気を悪くするなよ」
「しないしない、全然言ってくれていいから。あ、でもマズルカの言う通り、ひとつだけフレイナに隠してたことはある」
「なんだ?」
「魔術と祝福の根幹は、同じ『言葉』にあるってこと。あの話は、熱心な信徒ほど逆上するから、下手に言うと切りかかられかねないなって思って、黙ってた。もし教えてたら、なにか変わってたかな」
僕の言葉に、マズルカは腕を組んで考え込んでしまう。難しい顔になり、しっぽと耳が忙しなくぱたぱたと動いている。
やがて、諦めたように首を横に振った。
「アタシにはお前たちが、なぜ対立しているのかもいまいち理解できていない。知ったところで、フレイナの決断は変わらなかったかもしれん。軽率なことを言ってすまなかった」
まあ、同じものの扱い方の違いで対立しているのだ。自然の中に根を下ろして生きるルーパスたちには、縁遠い感覚なのだろう。
「ううん、気にしないで。僕も説明不足だったみたいだし」
「ならついでに聞くが、他になにか話していないことはないか?」
「え、他に?」
死霊術の術式がどう魂に作用しているのかとか、存在の根源要素である魔力がどう循環して蓄積して放出しているのかとか。
たぶんそういう話ではない。それくらいはわかる。
だとすれば、言ってないこととしては。
「ひとつ、ある」
「む、あるのか。言える話か?」
「うん。別に聞いたところでどうなるわけでもないよ」
「なら教えてくれるか」
「ゲオルギウスの一件には、たぶん死霊術師が関わってる。もちろん僕以外の」
す、と空気が静まり返った。
「本当か?」
「まだ確証はないけど、ほぼ間違いないと思う。第一に、どうしてゲオルギウスが復活したのか、って話なんだけど」
「アンデッドは復活するものではないのか? いや、フレイナが以前浄化したはずだったな」
「そう。魂の穢れを浄化されたはずのアンデッドが、どうしてまたグールになったのか。現状考えられるのは、浄化が不完全だったか……あるいは、死霊術によってリビングデッドにされていたか」
「アンデッドのリビングデッド? ややこしいな」
「ほんとだよね。でもフレイナの話だと、復活したゲオルギウスには祝福が通じなかった。それを踏まえるとおそらく、あれは浄化されたゲオルギウスの魂を、死霊術でグールの身体に宿したリビングデッドだったんだ」
しかもだ、その死霊術師は他にも動いている。
「まだある。配下のグールたちも、普通のグールにしてはやたらと知能が高かった。ゲオルギウスほどじゃないにしろね。あれも多分、死霊術を使って身体を……たぶん、思考を司る脳を入れ替えられてたんだと思う」
「まさか」
「トオボエを作ったのと逆だよ。身体の一部だけを入れ替えて、もともとのグールの穢れた魂をまた戻したんだ。命令を聞いて、記憶して行動できるように」
出所は間違いなく、襲っていた聖職者たちの死体だろう。
ずいぶんと面倒くさいことをするものだと思う。
でもそう考えれば、グールが集団行動を取れる理由も、階を無視して動いていた理由も説明がつく。だってトオボエも同じだから。ダンジョンのモンスターにして、ダンジョンのルールを無視している。
「少なくともそいつは、フレイナとゲオルギウスの因縁を知っていた。知っていてゲオルギウスに、フレイナの死体を残させた。じゃなきゃグールが死体を放置する理由がないもの」
つまり、僕が散々苦労させられたのは、その何者かのせいだってことだ。
「なにがしたかったのか知らないけど、僕らはそいつのリビングデッドを葬っちゃったわけだ。段取りを壊されて、怒ってなきゃいいんだけどなあ」
僕はただ、研究をしながらのんびり暮らしたいだけだって言うのに。変に関わり合いにならないように願うほかない。
長々と話した疲れを取ろうと、背中を伸ばして腰を回す僕に、マズルカは苦笑いしながらため息をつく。
「警戒はするようにしよう。だが、そんな話が出てくるとは思っていなかった。アタシの鎧や髪飾りを、誰に選ばせたんだって話のつもりだったんだが」
「え、そっち!? 別に、誰だっていいでしょそんなの」
「良いわけがあるか。曲がりなりにも男から女へものを送るんだぞ。この際だ、お前にはその辺の機微というものを……」
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