第44話:新居と家族
喰屍の王ゲオルギウス討伐。
とんでもなく面倒くさかった上に、なんやかやと教会まで相手にする羽目になるなんて、首を突っ込んでしまったことをめちゃめちゃ後悔している。とはいえ選んだのは自分だし、得るものもあったので誰にも文句を言えやしない。ちくしょう。
だがそれもようやく終わりを迎え、ゴブリン・ボーン・サーバントたちが建築に勤しんでいるはずの広場に戻ってくることが出来た僕は、目の前の光景に思わず口を半開きにしてしまう。
まさか、そんな。
半分くらい、期待してはいなかった。こんなダンジョンの中で、ボーン・サーバントにだけ任せて建築なんて、絶対に途中でなにかしら邪魔が入ると思っていた。
けれど。
心のどこかで、わくわくもしていた。地上での暮らしに倦みつかれた僕らを迎えてくれる、誰にも脅かされない家が出来てるんじゃないかって。
その結果はと言えば。
「……できてる」
いつの間にか立派な木の橋が架かっていた川を渡り、広場に入ると、そこには一軒の立派なログハウスが出来上がっていた。
石積みの土台の上に、トレントから切り出した丸太を組んで出来上がった家は、全体が木肌の茶褐色で覆われた、素朴な風情を醸し出している。玄関前から横っ面にかけてテラスが組まれ、広場全体を見渡せそうだ。三角屋根の上には、やはり石で組んだ煙突が突き出している。
「開けて」
喜び勇んで玄関に向かい、声をかければドアがひとりでに開いて、僕らを迎え入れてくれる。さすがトレントゾンビ・ログハウス。これなら両手がふさがっていても安心だ。
玄関を潜ると、広々とした暖炉前のリビングに、かまどを備えたキッチンとダイニング。リビングやダイニングには、食器棚や椅子とテーブルも完備されている。もちろんすべてトレント製である。
「立派なものだな」
「ね、ほんとだよね」
しげしげと室内を見回していたマズルカが、感嘆の声を上げる。正直に言えば、僕もここまで立派な仕上がりになるとは思っていなかった。
「すごいすごーいっ。二階にね、ベッドもあったよ。お布団はまだなかったけど」
階段をぱたぱたと駆け下りる足音が聞こえ、リビングに少女が飛び込んでくる。青灰色の髪に、同じ色の獣耳。ありあわせの布で胸元と腰回りだけを隠し、すらりとした体躯で、お尻に青灰色のしっぽを揺らしている。
「なんだポラッカ、もうそんなところまで見てきたのか」
「えへへ。だってわたしたちのおうちだよ、おねえちゃんっ」
しっぽを振りながらマズルカに抱き着く彼女は、もちろんポラッカだ。新しく手に入れた身体に、保存してあったしっぽをくっつけ、なにかにつけて大喜びで駆けまわっている。
首元でわずかに肌の色が変わり、胸には傷痕が残っているが、新しい身体は身軽で、力もあり、快活なポラッカにぴったりだったようだ。
「ポラッカ、その身体で違和感とかはない?」
「うんっ。手や足がつるつるなのは、なんか不思議な感じだけど、しっぽもあるから平気だよ。おねえちゃんと背も近くなったし」
身体を丸ごと挿げ替えたポラッカは、マズルカと違って手足が毛皮で覆われてはいない。保存はしてあったのだが、付け替えてしまうと身体のバランスが崩れてしまうということで、見送ることにしたのだ。
手足の大部分は廃棄することになったが、毛皮は一部他のところで活用している。
「それにそれに、トオボエもすごく楽しそう」
明り取りの窓から広場を見ると、トオボエが元気に駆け回っている。
ログハウスは広場の端に寄せて建てられているので、空いた空間が庭のような塩梅になっている。畑を作ってもいいかもしれないが、いまはトオボエの遊び場だ。
そんなトオボエの額は、褐色の毛並みの一部分にだけ、青灰色の毛が生え揃っている。グールとの戦いで剥げてしまった場所に、ポラッカの手足から取った毛皮を移植したのだ。
トオボエと自分たちの絆のようだと、ポラッカもマズルカも喜んでくれていた。
いろいろあったが、得られたものはやっぱり大きい。
「ここで、わたしたちは家族になるんだよね、マイロおにいちゃんっ」
「家族、かあ」
正直に言えば、僕はみんなが新しい家族になる、という言葉に、あまりぴんと来ていなかった。
けれど、こうして出来上がった新しい家で、改めて集まっているみんなの顔を見ていると、僕たちのことは家族と呼ぶのが正しいような、そんな気がしてくるのだ。
「そう、そうだね。これから僕たちは、ここで家族として暮らすんだ。マズルカも、ポラッカも、トオボエも。それにもちろん、ウリエラも」
僕のすぐ横で、深くフードを被ったままのウリエラを見る。
「は、はい、でもあの……わ、私なんかがマイロ様の家族だなんて、分不相応じゃ」
「またそんなこと言って。この家だって、ウリエラのおかげで完成したじゃないか」
建築を手掛けたボーン・サーバントを用意してくれたのはもちろんだが、そのボーン・サーバントたちに細かく指示を出してくれたのも、他でもないウリエラだ。
技法書を頼りに設計を考え、家具、さらには川に渡す橋まで作らせておいてくれたのだ。
「だから、分不相応だなんて言わないで。ほら、顔を見せてよ」
「あっ」
ウリエラのフードに手をかけ、そっと後ろへ下ろしてやる。
その下から、輝きが現れた。
窓越しに差し込む外の明かりを照らし返し、月の色に輝く髪。ウリエラが生来持ち合わせていた艶やかな黒髪も美しかったが、彼女の新しい髪は、僕らの新しい生活を華やかに彩ってくれている。
月の銀の髪。美しいだけではなく、高密度の魔力構造によって、ウリエラの魔術師としての等級をも、大きく引き上げてくれる。
「や、やっぱりこの髪、私なんかに似合ってないんじゃ……?」
ウリエラ自身の赤い目が、不安げに銀の髪の間から僕を見上げる。
彼女の髪は、トオボエにそうしたのと同じように、頭皮だけを移植している。顔立ちは以前のウリエラのままなのだが、髪色が変わったのか、どこか明るく見えた。
「全然そんなことないよ。赤い目に銀の髪が映えて、とってもきれいだ」
さらさらとした髪を撫でてあげると、ウリエラはくすぐったそうに目を細める。
「すごくすてきだよ、ウリエラおねえちゃん」
「ああ、アタシたちには眩し過ぎるくらいだ」
口々に褒められ、ウリエラははにかんだ。
僕らはみな、身寄りのないはぐれ者たちだった。けれどこうして、ここから新しい家族として暮らしていくんだ。
死んだように生きていた僕と、死体となった彼女たちで。
「さ、行こうよウリエラ。みんなでもっと家の中を見て回ろう」
「……はいっ!」
僕が差し伸べた手を、ウリエラはしっかりと握り返してくれた。
◆---◆
今回で第一章完となります。
明日の昼更新は幕間として、第一章の回収やらなにやら。
よろしければ、感想や評価を頂けると嬉しいです。
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