第38話:戦い方の違い

「こっちだ! 来いよ木偶の坊!」


 樹海に、盾と剣を打ち鳴らすやかましい音が、ガンガンと響く。耳障りな音と罵声に挑発されたトレントは、まんまとその戦術に引っかかった。


「ダグバ、いまだッ!」


「おぉッ!」


 猛然と振われるトレントの枝を、クルトの盾が受け止め、押さえ込む。間髪入れずにダグバが振う戦斧が、大振りの一撃でその枝を叩き切った。なんて膂力だ。


 トレントも黙っちゃいない。残った枝や根でクルトを狙うが、彼も簡単には捉えられない。盾で逸らし、身体を捻って致命的な攻撃を躱す。上手い。とはいえ、攻撃を躱すのにも体力がいる。続けていればいずれは体力が尽きる。だが。


「まだ止まってもらっては困りますよ」


 彼らにはヘレッタという白魔術師がいる。


 杖を介して走らされた術式が、クルトの肉体を活性化させ、さらに敵の攻撃を捌き続けるだけの体力を補充する。筋力を増強し、免疫や抵抗力を上げ、傷を癒し、攻撃に耐える力を与える。それが白魔術だ。


 前衛で攻撃を引き付けるクルトとダグバを、ヘレッタが支える。すると、二人の仲間に時間が与えられる。確実に敵を倒すための準備の時間が。


「『言葉』よ、我が前に立ちふさがる障害を、その悉くを貫く力を与えたまえ」


 セルマが祈りを捧げ、聖典の聖句を引用すると、ダナのつがえる矢の矢じりが輝きを放つ。祝福は、なにもアンデッド相手にだけ効力を発揮するわけではない。試練に立ち向かうものたちには、すべからく力をもたらすのだ。


「クルト、ダグバ、いっくよーっ!」


 ダナは駆けた。猫のように身を屈め、目にも止まらぬ速さでトレントの周りを走る。姿が消えたかのように思えた。


 いや、いた。トレントの左前方。味方も枝葉も射線を遮らない、狙い撃ちに最適な場所。見つけたときにはすでに、弓は限界まで引き絞られていた。


 矢が、光が放たれる。一直線にトレントを、その芯を貫き通し、後方の樹木に突き刺さって止まる。


 一拍、空いた。


 やがてトレントは、枝を震わせながら地面に転がり、それきり動かなくなる。


「ほいっ、またまた一匹仕留めましたよーっと」


 気楽な声とともに、ダナが弾むような足取りでメンバーのもとに戻ると、クルトたちも各々の得物を収めて肩の力を抜いた。


「大したものだな。戦における傭兵の戦術とは違うが、それぞれの役割を的確に果たしている」


 木陰に立ち、腕を組んで眺めていたマズルカが、感嘆の声を漏らす。


 悔しいが、全く同感だ。クルトたちのパーティの立ち回りは、ダンジョンに潜る冒険者として、見事に完成されていた。


 戦士の二人が敵の攻撃をがっつりと引き受け、白魔術師がそれをサポート。その隙に、修道士が祝福をかけ、強化された盗賊が強烈な一撃を叩きこむ。


 お手本のような戦い方だ。しかも洗練されている。この分なら、もうひとつ下のゾーンでも通用するかもしれないし、ゴールド級への昇格も早いだろう。


 彼らに比べると僕たちのパーティは、どうしても力任せだ。マズルカたちがゾンビ故の耐久力に任せて敵を押さえこみ、ウリエラの魔術で吹き飛ばしてもらうのが定石になっている。そんでもって僕は出番がない。いや、修復が担当なので、立場的にはヘレッタに近い……と思いたい。


 内情が違うので比べても仕方がない。頭ではそうわかっていても、嫌味に感じてしまうのだ。


 クルトの人柄に惹かれて集まった、信頼によって結束する、確かな実力を持つパーティ。まるで物語の主人公たちのようだ。


「あ、あの……マイロ様、や、やっぱり私ではお役に立てていないでしょうか……?」


 木陰に腰を下ろし、幹に背を預けてクルトたちを眺めていると、僕の表情になにを感じ取ったのか、隣にいたウリエラが縋るように僕の手を握ってきた。


「まさか。そんなこと思ってないよ。あいつとは相容れないけど、戦い方は勉強になるなって考えてただけ……あと、やっぱりその呼び方続ける?」


 さっきからウリエラは、なにに対抗意識を燃やしているのか、僕に対する呼び方が変わっているのだ。どうにも落ち着かない。


「は、はい、私も、私が信じて身も心も捧げるのは、マイロ様だけなので……ダ、ダメでしたか?」


「いやまあ、ウリエラがそうしたいなら、いいんだけどさ」


 別になにか害があるわけでもないし。


「アタシもそう呼ぶか?」


「絶対いらない」


 マズルカのは面白がってるだけなのがまるわかりなので却下だ。


「しかし、いいのか?」


 難しい顔をして訊ねてきたマズルカに、肩を竦めて返す。


「良いでしょ別に。向こうが手伝わせろってうるさいから、手伝わせてあげてるわけなんだし」


 助力を受けるとは決めたものの、なにをさせたものか悩んだ結果である。


 本命のゲオルギウス戦で、いままで組んだことのないパーティと、ぶっつけ本番で連携を取るような博打はしたくない。かといって、二個パーティで別に展開するような作戦も見込んでいない。


 そこで、僕がゲオルギウス相手に考えている作戦に必要な資材を、代わりに準備してもらっている次第だ。


 もちろん僕たちも、ただ高みの見物というわけではない。


 マズルカやトオボエは身体が壊れない限り動き続けられるが、僕やウリエラは使った魔力を回復させるための休息が必要だ。クルトたちのおかげで準備と休息が同時に進められるので、助かっていることは否定できない。

 

 まあ別に、全員でクルトたちの後ろをついて行く必要はなかったのだが、僕は適宜死霊術を使う必要があるし、ウリエラたちを階段広場に残したとして、他の冒険者にゾンビであることがばれても面倒なので、こうせざるを得なかった。


 早く僕らだけの家が出来上がってほしい、とつくづく思う。


 ちなみに、この場には聖職者が二人もいるわけだが、グールの襲撃は起きていない。一応警戒はしていたのだが、やっぱり先の戦いにかなりの数を投入していたのだろう。おそらく向こうも、態勢を立て直している。ゲオルギウスにはその程度の知能はある、と僕は評価していた。


 なのでいまは、こうしてのんびりと、クルトたちの戦いを見守らせてもらっているというわけだ。


「そっちではなく」


 だがマズルカは首を横に振ると、顎で木陰の向こうを指す。


 そこには、フレイナがいた。僕らに背を向け、一心不乱に剣を振っている。いまだ気の治まらない、敬虔な教会の信奉者だった。

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