第37話:自己満足のために

「だーかーらー! 必要ないって言ってるだろ、君らの手助けなんか! この件は僕らで対処してるから、気にせず先に行ってってば!」


「放っておくわけにはいかないだろ、ダンジョンの中で法則を無視して動き回ってるグールなんか! こっちのパーティだって聖職者がいるから無関係じゃないし、手数はいくらあっても困らないだろ?」


「しつこいな、いらないってば! だいたい君ら、等級はいくつだよ。カッパー級冒険者に助けてもらうほど、落ちぶれちゃいないからね」


「もうシルバー級だよ! それに、俺らの助けはいらないだって? 武器屋で、前衛の装備が分からないから教えてくれ、って泣きついてきたのはどこの誰だったっけな」


「うわ、そういうこと言う? 君、僕なんかよりよっぽど性格悪いね。どんな手練手管でパーティメンバー集めたんだい?」


「あんただけは言っちゃダメだろそれ!」


 なんともツイていないことに、またしてもクルトたちのパーティと遭遇してしまった僕らは、ゲオルギウス討伐に協力させろとしつこいクルトに、ほとほと参らされているのだった。


 第10階層に引き返す道中でも、いくら言ってもクルトは引き下がろうとしない。


「お前だけだぞ、そんな全力で拒否してるの」


「うるさいよマズルカ。これは僕の矜持の問題なの。こいつとパーティ組んで討伐なんて、絶対にごめんだからね」


「なんでそこまで邪険にされなきゃなんないんだよ……」


「クルト、この人になにしたのー?」


「なにもしてない!」


 別になにかされた覚えはないが、とにかく無理だ。生理的に無理ってやつだ。


 無私奉公の精神とまでは言わずとも、見返りを求めない善意なんてものを信じられる人間と、どうして行動を共にできようか。そんなものを信じるには、


 善い人なんて、いままで僕のそばには。


 暗い家の中。ぱちぱちと爆ぜる暖炉の火。悲鳴。笑い声。テーブルに座らされた父と、母の。


「マ、マイロさん……? 大丈夫、ですか?」


 ウリエラに手を握られ、はっとして頭を振る。


 ダメだ。やっぱり一緒にいたら、たぶん体調崩す。


「とにかくお断り。そんなにあれと戦いたいなら、頑張って僕らより先に見つければ? 情報はあげないけどね」


 ダンジョンの中は弱肉強食なのだ。そう簡単に手札を明かしていては、生き残っていくことなどできない。


 いつまでも相手にしていられないので、さっさと先に進むに限る。一息入れたらまた駆け回らないとならないし、時間は無駄にできないのだ。


 などと思いながら歩調を早めると、マズルカが隣を歩きながらにやにやと笑う。なにその顔。


「意外なものだな。お前と、クルトだったか、あいつがそんなに仲がよかったとは」


「どこが? ねえどこが?」


「そ、そうですよ、あの人は前に会ったときも、マイロさんのことを……別に、悪く言ったりはしませんし、馬鹿にしたりもしてませんね……」


「負けないでよウリエラ!」


「なんなのよ、まったく」


 一方で、クルトたちのパーティも、僕らの後ろで話し込んでいるようだった。もう誰が誰だか思い出せないけど。


「ねー、どうするのー? めちゃめちゃ嫌われてるじゃん」


「お前らなんかいらないって言われて、はいそうですか、って引き下がれないだろ」


「そうです! あの方たちが赴こうとしている戦いは、きっとこのダンジョンにいるみなのためになるはずです。力添えできたなら、クルト様のお力は、いままで以上に磨き抜かれるに違いありません!」


「別に経験を積みたいから、だけじゃないけどな。マズルカだったか。彼女、あちこち傷が増えてる。話しぶりからして、例のグールと戦ったけど取り逃がしたんだ。それだけ強敵ってことだろ。これでマイロたちだけで行かせて全滅でもしたら、それこそ目も当てられない」


「ずいぶんじろじろ見てたんですね。いやらしい」


「いくらなんでも暴言が過ぎない?」


「でも、見てたでしょう。前に助けられなかったこと、気にしてるんですか?」


「それは……そういうヘレッタはどうなんだよ」


「私は、別に」


「まー、ダナも、あの人たち面白そうだから、もうちょっと見てたいけどさー」


「……だが、狭い」


「わかってる。ダンジョン内は、二個パーティで行動するには手狭だ。それに、どうしても一緒に行動するのは嫌だって言うなら、なにか別の形ででも手を貸せればいいんだけどな……」


「……やはりここは、こちらの誠意を見せるのが一番です。今度はわたくしが、お願いしてまいります!」


「あ、おい、セルマ!」


 なにかしら決着がついたのか、なんて思ったけれど、近づいてきた足音に振り返って、僕はまた顔を顰める羽目になる。


 よりによって駆け寄ってきていたのは、セルマと言ったか、修道士の女だった。


「マイロ様!」


「マ、マイロ、さま……!?」


 なんか隣でウリエラがショックを受けてるけど、それよりも。


「……なに?」


「どうかお聞きください。わたくしも、クルト様たちと共にダンジョンに潜るようになって、ここが血で血を洗い、命を削りあう過酷な場所であって、自分以外のものを容易に信用していい世界でないことは理解しています。ですがその中にあって、正しきを為さんとするクルト様の目は、あなた様を見止められました。マイロ様たちはこれから、大変な強敵と戦おうとしておられます。それはきっと、人々のために善き結果をもたらすでしょう。わたくしたちにも、ただその結果を享受するばかりではなく、正しきを為すためのご助力をさせてはいただけませんか?」


 聖職者らしくよく回る口に、鼻が鳴ってしまう。どうしてこう、物事を都合よく捉えることが出来るのだろう。


「僕は、自己満足のためにやってるだけだ。正しきを為すだとか、善き結果になんて興味ないよ」


「自己満足……」


 なぜかセルマは、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「さっきも言ったんだけどさ、そんなにあのグールを討伐したいなら、自分たちでやればいいだろう。なんで僕らの尻馬に乗っかろうとするんだ」


「まさか。この戦いに最初に臨んだのは、あなた様がたです。その功績を掠め取るような真似は致しかねますわ。わたくしたちは、行動を共にできなくとも構いません。せめてなにか、影ながらでもお手伝いできれば、それでよいのです」


 ちっとも話が通じない。思わず目頭を押さえる僕の肩を、マズルカが軽く叩いた。


「どうするんだ。アタシは、少しくらい信用してやってもいいと思うが」


「信用? 信用ならしてるよ。クルトたちはきっと、お願いすれば全力で戦ってくれるだろうね」


 いやって程に。そのくらいわかる。わかってしまう。一度頼みごとをしたこともある。なによりもクルトたちは、僕がいままで付き合ってきた中には、ひとりとしていなかったタイプの人間だから。


「僕には、それが気持ち悪くて仕方ないんだ。僕らはそれで戦いが楽になるかもしれない。君らはなにを得る? なにを期待して力を貸そうとする? 君らが信じる善意なんてもの、僕は欠片も信じられないんだよ」


 あるいは、それが『言葉』の意志だとでも言うつもりだろうか。


 そう思っていたのに、そのときのセルマときたら、まるで我が意を得たりとばかりの、得意げな笑みを浮かべていた。


「損得のお話ですね。それならば簡単ですわ。わたくしたちはあなた様がたの助力をすることで、自己満足を得られるのです!」


 なんだって?


「は? 自己満足?」


「マイロ様も仰っていたではありませんか。自己満足のために戦うつもりだと。わたくしたちもまさしく、その自己満足のために、力をお貸ししたいと思っていたのです。やはりマイロ様は、クルト様と気が合いますわ。クルト様も、すべては自己満足のためだ、とよく仰っておられますもの」


 最悪だ。僕は、あいつと同じこと言ってたのか。


 マズルカがまた僕の肩を叩いた。


「やっぱり仲がいいじゃないか」


 うるさい。


「ちょっと、どういうつもり!」


 思ってもみなかった修道士の言葉に、苛烈に反応する声があった。


「私たち『言葉』に仕えるものは、教えに従い世の摂理を正すためにある! 私たちはそのために力を振う! そのために聖典を持つことを許されている! それをあなた、自己満足のためだなんて……!」


「申し訳ありません、フレイナ様。わたくし、こう見えても不良信徒でして。『言葉』の定める摂理は重んじますが、心を捧げ信ずる方は、別に見つけてしまいましたの。そして学んだのです。信仰とは、己を律し、己を満足させるためにあるのだと」


 敬虔な教会の信徒たるフレイナが食って掛かるが、セルマは落ち着いたものだ。その視線が、後方をちらりと窺う。誰を見ているのかなんて、聞くまでもない。


「よくもぬけぬけと……!」


「もういいよ、わかったわかった!」


 ここで宗教戦争をはじめられるなんて、たまったものじゃない。


「マイロ様、それでは……?」


「そこまで言うなら、君らの助力を受けるよ。ただし、下準備にだ。徹底的にこき使ってやるから、覚悟しておいてよ」


「望むところですわ!」


 喜色満面に頭を下げると、セルマは仲間たちのもとへと駆け戻っていく。


 しまった、こっちでめちゃくちゃ不機嫌になってる聖騎士のケアもさせるんだった。

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