第36話:その正体

 土埃も風に流され、視界が戻ってくると、辺りはそれはもう酷い有様だった。


 ウリエラの雷魔術に貫かれ、ぶすぶすと煙を上げてぴくりともしない無数のグール。中にはまだ燃えているものもいる。


 そのグールの群れを押し止めていたマズルカたちも、満身創痍だ。というか、もしも生きた人間だったら、とっくに戦闘不能になるような重傷をそこかしこに負っている。


 マズルカはまた片腕になっているし、フレイナはおなかの傷から内臓が溢れ出している。トオボエも、あちこち切り裂かれ、額の一部は皮を剥かれてしまっていた。


 それでも、動いている。立って、辺りを見回している。だったら、いくらでも修復できる。みんなの身体の一部がちゃんと見つかればいいのだけど。


「マイロ、ウリエラ、無事か。ポラッカは?」


 マズルカが駆け寄ってきて、真っ先に妹の心配をする。僕が提げているかばんに「大丈夫?」と尋ねると、もぞもぞと中で動く気配がした。かすかに「大丈夫ー」と返事が聞こえる。


「そうか、よかった。しかし、すさまじい威力だったな」


 マズルカは片腕で胸を撫でおろしながら、へたり込んでいるウリエラに手を貸して、立ち上がらせる。ウリエラははにかみながら、両手で握った杖に頬を寄せた。


「えへ、えへへ……マ、マイロさんが下さった杖のおかげです」


「なに言ってるの、思いついたのはウリエラじゃないか。僕もあんな性能になるとは思ってなかったけど」


 まさか、モンスターの死体を素材にして杖を作ると、あれほどの効力を発揮するとはね。しかも元がトレントだから、土の中を移動して来れる。咄嗟に思いついた方法だったけど、上手くいってよかった。


「わ、私もこれで、もっとマイロさんのお役に立てます!」


 ウリエラの顔にも笑顔が戻っている。よかったよかった。


 それはそれとして、だ。


「逃げたね、変異グール」


 フレイナはグールの残骸の中に立ち尽くし、広場を取り囲む木々を睨みつけている。隣に立って同じ方向を見つめても、もう木々の中に、黒い影は見当たらない。


「あいつ、ずっと私を狙ってたわ。マズルカにもトオボエにも目もくれず、私だけを。あなたの言う通り、私が聖職者だから? それとも……」


 答えは、ひとつしかない。


「君と面識があるからだろうね。このダンジョン以前に」


「あり得ないわ」


 フレイナは僕を見る。その眼には、納得が浮かんでいた。


「マイロ、腕があった! くっつけてくれるか」


 手を振ってマズルカに応え、険しい顔をした月の銀の髪の聖騎士に向き直る。


「君も傷を塞いで、いったんここを離れよう。話はそれからだ」


「……そうね」


 広場の中央に戻り、マズルカやフレイナの傷を修復する。トオボエの身体の傷も、ほとんどが塞ぐだけでよかったが、皮を剥がれた額の傷だけは難しかった。どうにか皮を寄せて塞いだものの、一部だけ毛がはげてしまっている。今度なにか考えてあげないとな。


 ふと足下を見ると、グールが食い散らかしていた冒険者の亡骸がある。どれもほとんど原型をとどめていないが、ひとつだけ確かなことがあった。


 ここの死体はすべて、頭だけが痕跡を残さず、綺麗に消え去っていた。



 上に行くか下に行くか悩んで、結局上を、つまり第10階層の階段広場を目指すことにした。


 第13階層の拠点予定地は、まだ絶賛建築中だ。杖が無事だったので平気だとは思うが、他の冒険者に荒らされている可能性もないではない。なので、他の人間もいて落ち着かないが、一応の安全は確認されている階段広場で休憩することにしたのだ。


 そしてその道中。


 獣道を歩きながら、僕は皆に、広場で待ち構えていた変異グールの正体……考えうる可能性について話した。


「食屍の王ゲオルギウス? たしか、以前フレイナが討伐したという、変異グールのことだろう。まさか、ダンジョンに現れたあいつが、ゲオルギウスだって言うのか?」


「考えてみれば簡単な話だったんだ。魔物や亜人の中から強力な変異体が現れることは、確かに珍しくはない。けれどこうも短期間に、同じグールの中から、同じような集団統率力を持ったグールが立て続けに現れるのは、ちょっと考えにくい。しかも後から現れた方は、ダンジョンのモンスターのルールを悉く無視してるときた」


 モンスターは決まった階層を離れない。モンスターはダンジョンの壁を越えない。


「あの変異グールは、ダンジョンで発生したモンスターじゃない。そう考えるのが一番簡単でしょ? しかも聖職者を襲うことに終始し、フレイナに対して格別な執着を見せた。ということは、フレイナに恨みがある」


「じょ、条件に当てはまるグールは、ゲオルギウスしかいない……ということですね。つまり最初から、狙いは、フレイナさん……?」


 まとめてくれたウリエラに頷く。


「あり得ないわ。確かにアンデッドの歪んだ魂は、『言葉』の摂理に逆らって、再びアンデッドとして復活するという。けれどゲオルギウスは、私たちが祝福で魂を浄化して討伐したのよ。もうその魂は、摂理の輪に戻っているはず」


 口では否定するフレイナだが、その口調はどこか弱々しい。自分でも、あれが倒したはずのゲオルギウスだと、どこかで納得してしまっているのだろう。


 僕らはゲオルギウスについて直接は知らないが、唯一敵対したフレイナが可能性を否定しきれないのであれば、この推理はまだ捨てるべきじゃない。


「ほぼないとは思うけど、討伐したときに浄化しきれなかったのか、あるいは浄化された魂がまた『空白』に触れてしまったのか」


 まあ、どちらでもないとは思うけれど。


「で、でも、あれがゲオルギウスだとしたら、なぜフレイナさんの死体を、そのままに残していたんでしょう。恨みがあるなら、真っ先に壊してしまいそうなのに。いえ、それ以前に、なぜグールが死体を残したりなんて……」


「そこはまだ謎。ただいずれにしろ、あいつがフレイナになにか、特別な狙いをつけているのは間違いない。それを利用しない手はないね」


 フレイナがすごい眼で睨んできた。


「……やっぱり邪悪だわ、あなた」


「なんとでも言ってよ」


 後ろでウリエラたちがひそひそと話すのが、少しだけ聞こえた。


「あ、あの、マイロさん、もしかして怒ってませんか……?」


「怒ってるだろうな、一番思い入れのある相手を傷つけられたんだから」


 別にそんなんじゃない。それに、その落とし前については、別の人につけてもらうつもりだし。


「とにかく、準備を整えてもう一度だ。今度こそ、あのグールを狩り取りにいくよ」


「どうするつもり? あいつがゲオルギウスにしろそうでないにしろ、手勢に囲まれたら厄介だわ。あいつ単体なら、いくらでも立ち回れるとは思うけれど」


「そこはそれ、向こうがルール無用で来るなら、こっちも好き放題やらせてもらうよ。そのためにもまずは、」


 作戦を打ち合わせようとしたところで、道の向こうから別のパーティが向かってくるのが見えた。ざくざくと下草を慣らしながら駆けてくるのは……。


「マイロ! 無事だったか。なにかすごい音がしたから、こっちかと思ったんだが」


 クルトたちのご一行だった。


 なにしに来たのマジで。

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