第32話:狙いは

 本来出現するよりも上の階層に現れたグール。中でもひと際高い知能を持ち、他のグールを率いている変異体。そして、聖騎士の一個パーティが全滅した件を、かいつまんでクルトたちに説明していく。


「で、僕らはいま、第13階層に根城を作っててね。憂いの種は取り除いておこうってことで、そのグール討伐に乗り出したってわけ」


「なるほどな。じゃあ俺らに聞きたい話ってのは」


「ここに上がってきたとき、アンデッドがどうとか言ってたでしょ。もしかして、樹海ゾーンでグールに遭遇したんじゃないかなって」


 僕の問いに、クルトは仲間たちの顔を見回す。皆がクルトの目を見て頷いて返した。立派なリーダーだ。


「ああ、その通りだ。俺たちはすぐ下の第11階層でグールの群れに襲われた。アンデッドが出るのは第16階層以降だって聞いてたし、群れるグールなんてのも初めてだったからな。撃退はしたものの、いくらか消耗もしてたから、引き返したんだ」


「第11階層……じゃあ、第13階層に限って出現しているわけでもないのか。でもよく倒せたね」


「手間取ったけどな。そこはセルマがいてくれたおかげだ、祝福でだいぶ弱体化させたよ」


「ね、ねえ、その中に祝福の通じない個体はいなかった?」


 フレイナが身を乗り出すと、クルトは首を横に振る。


「さっき話してた変異体ってやつだろ。いや、俺たちが遭遇した群れは、どれも祝福に苦しんでいた。たぶん、別行動してたんだろうな」


 ふーむ。


 行動は獣も同然と言われていたグールだけど、指揮官が現れるだけで、これほど統率の取れた動きを見せるとは。


 むしろ本当にそれ、グールなのだろうか。変異体の一匹だけ頭がよくて、配下を従えられる、という話なら分かる。だが、別働出来るとなると、群れ全体に一定以上の知能がなければ無理だ。


 なにか違和感があるのだが、考えいても仕方がない。それよりも、クルトたちが襲撃を受けたという話と、異様なグールな知能を合わせると、ひとつの可能性が生まれてくる。


「マ、マイロさん、なにか思いつきましたか……?」


 ウリエラが僕の顔を覗き込む。そんなに表情に出てただろうか。


「あくまでも可能性だけどね。僕らはここに来るまで、出会った冒険者に出来るだけ話を聞いてきたけど、誰もグールのことなんて知らなかった」


「そうなのか? いや、俺たちも実際に遭遇するまで、なにも聞いてなかったけど」


 クルトが「なあ?」とメンバーに振り返ると、皆揃って頷いて返す。


「僕らもフレイナから聞くまで知らなかったし、さんざん第13階層を行き来していたのに、一度も遭遇してない。でも教会はその存在を察知していて、フレイナたちを送り込んでいる」


「……うわ、そういうことですか」


 僕の言いたいことを察したらしいヘレッタが、顔を顰めてセルマを見る。セルマはきょとんとして首を傾げていた。


「まさか、あんた。狙われたのは、私たち教会の人間だけだって言いたいの?」


 フレイナはその視線で理解したらしい。


「現状それが一番あり得る話でしょ。グールが獲物を選別するなんて聞いたことがないけど、そうじゃないと説明がつかない」


 他にも引っかかっている点はあるが、いまはそれで納得しておくしかない。


「だ、だからわたくしたちや、聖騎士の皆様はグールと遭遇しているけれど、他の方は存在すら気付いてないという……?」


「……どうやってだ」


「さすがにそこまではわかんないけど」


 ダグバが静かに掲げる疑問には、答えようがない。


 ダンジョンの中は複雑に入り組んでいるが、道そのものは決して広くはない。この樹海ゾーンでもそれは同じだ。樹海の中を走る獣道を行き来して、狙った獲物にだけ遭遇しようというのは、至難の業だ。


「なんにせよ、狙いが聖職者だって言うなら、フレイナと一緒に樹海ゾーンを探索していれば、いずれ遭遇するかもしれない」


「もしも見つからなかったら?」


 マズルカに訊ねられ、肩を竦める。


「僕の予想が間違ってたってことで、考え直しかな」


 グールたちが無作為に相手を襲っているのではないとすれば、おそらくこれ以上情報収集を続けても、新たに判明する事実は望み薄だ。そうなるともう、どうにか探し出して直接対決するしかない。


 行き当たりばったりになってしまうが、早期解決を望む以上、ここは出たとこ勝負で挑んでみるとするか。果たして僕らが勝てるのか、というのも問題だが、全員が騎士のパーティよりはバランスがとれているし、変異グールに対する心構えもある。


 それに、変異グールがフレイナを狙ってくる可能性は、極めて高いと僕は踏んでいた。


「そんなわけで、僕らはまた下の階層を探索に行くけど、クルトたちはどうするの」


 一緒に行く、とか言われても困るのだが、クルトなら言い出しかねない。


「んなヤバい相手、放っておくわけにはいかないだろ……って言いたいんだけどな。さすがにあんたたちみたいに、無尽蔵に体力があるわけじゃない。いったんここで休んで態勢を立て直すさ」


「まさか!」


 クルトの判断に声を上げたのは、セルマだった。


「これは試練ですよクルト様! ここは勇気を出して、グール討伐に臨みましょう! それが勇者たる貴方様をより高みへ、」


「セルマ!」


 ヘレッタが鋭く制止し、セルマは慌てて口を手で押さえた。なんか不穏な言葉が聞こえた気がするんだけれども。


「にゃはは、ごめんね。なんでもないんだ、忘れてくれるかな?」


 後ろから声をかけてきたのは、ここまで全く話に参加せず、いつの間にかトオボエとじゃれあっていたダナだった。


 朗らかに笑うダナの、隠す気のない鋭い眼光が僕らを睨む。言われなくても、そんな面倒くさそうな話に首を突っ込みたくなんてない。やっぱりクルトとは相容れそうにもないというだけで。


「僕らはなにも聞いてないよ。ついでに言っておくと、僕は生きた人間が嫌いだから、君らとの話を吹聴するような相手もいない。まだ心配?」


「……んーん、それならいいんだけどさっ」


 ダナの納得も得られたようなので、僕らも出発するとするか。


「悪い、マイロ。準備を整えたら俺たちも下に潜る。気を付けてな」


「君ら程度に心配されるほど、僕らはやわじゃないよ」


 行こうか、とみんなに声をかけて立ち上がると、セルマが両の手を組んで目を瞑った。


「わたくしたちは同行叶いませんが、どうか皆様に『言葉』の加護を。『空白』の災禍に見舞われませんように」


「……とっくに手遅れよ」


 辟易した様子でフレイナは首を振った。


 底抜けにお人好しな修道士の、僕らには分不相応な祈りを受けながら階段を下りていく。さて、第11階層から順番に探っていくとしようか。

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