第31話:善なる人たち

 まさか、またこうして顔を合わせることになるとは。できればもう二度と会いたくなかった相手の登場に、僕は思いっきり顔を顰める。しかも今度は、こっちも向こうも仲間と一緒だ。


「あ、あの……お知り合い、ですか?」


 露骨に顔色を変えた僕にウリエラが訊ねてくるが、反応したのはクルトのほうだ。


「あんたまで俺のこと忘れてるのかよ……」


「クルトってば、よっぽど印象薄かったんじゃないのー?」


 そういえば、クルトと初めて会った場にはウリエラもいたんだ。すっかり忘れられていたクルトを、獣人の女が指さして笑っている。


「アタシは覚えているぞ。ゴブリンに襲われた場で一緒だったな」


 マズルカはどうやら、僕らほど他人に興味がないわけではなかったらしい。第5階層の階段広場にいたクルトは、マズルカの顔を見てほっと息をついている。たぶんそれは、自分が覚えられていたことに対する安堵じゃない。


「ああ。マイロに聞いたよ、妹さんのこと。見つかったんだってな」


「色々あったがな。いまは一緒にいられているよ」


「ならよかった、のかな。それはいいんだが……」


 クルトは僕と、僕の周りにいる仲間たちの姿に、困惑した様子を見せる。彼のパーティメンバーたちも似たような表情だ。


「ずいぶん顔ぶれが増えたんだな。ダイアウルフまでいるのはともかく。紹介してくれないのか?」


「なんで僕が君にみんなを紹介しないといけないんだよ」


「そうですわ、クルト様」


 意外にもクルトを止めたのは、向こうのメンバーの修道士。法衣を着こんで、腰に聖典を提げた金髪の女性だ。


 聖職者にしては、空気の読める人なのかもしれない。


「先に相手に名乗らせるなんて、不作法というものですわ。まずはこちらが名乗りませんと」


 ダメだ全然読めてない。僕は、冒険者同士の顔合わせみたいなことなんて、まったくこれっぽっちもしたくないんだって言ってるんだよ。


 クルトはクルトで、それもそうだな、なんて頷いてしまう。お前は僕が嫌がってるのわかっててやってるだろ絶対。


「マイロとは武具店で会ったけど、俺はクルト。見ての通り戦士で、一応このパーティのリーダーってことになってる。よろしくな」


「一応……なってる……?」


 曖昧なんだか謙虚なんだかわからないクルトの名乗りに、ウリエラが首を傾げる。わかるよ、僕も似たような気持ちだ。だって、僕らの知ってるパーティリーダーって言えば、あの傲岸不遜なケインだけだったんだから。


 ケインのとってつけたような態度とは違う、嫌味のないさらっとした雰囲気に、僕もウリエラも半歩後ずさる。


「それから、白魔術師のヘレッタ」


「ヘレッタです、どうぞよろしく。ルーパスの方は、先日は治癒が間に合わなくて申し訳ありません」


「い、いや、構わん。死んでいるが、いまはこの通りだしな」


 ローブ姿で杖を持った赤髪の少女が、マズルカに頭を下げる。もしかして彼女、あのときマズルカを治癒しようとしていた白魔術師か。


 マズルカが死んだそのとき、彼女はパーティメンバーでもなければ、冒険者ですらなかった。ヘレッタと名乗る彼女には、マズルカを治療する謂れなんてない。にもかかわらず謝意を示され、マズルカは動揺していた。気持ちはわかる。


「こっちは盗賊のダナ。種族はミュークスだ」


「やっほ、ダナだよ! クルトから話には聞いてたけど、ほんとにゾンビのパーティなんだね~」


 ころころと快活な調子で笑う獣人(ミュークスって言うのか)の少女は、軽装鎧に弓を背負った身軽な出で立ちで、耳としっぽをぱたぱたと動かしながら、面白そうにこちらを覗き込んでくる。


 いままで出会ったことのない好奇心にあふれた瞳に、僕はまた半歩下がり、ウリエラはとうとう僕の後ろに隠れてしまった。無遠慮に距離を詰めて、こっちの調子を崩してくる。クルトに負けず劣らず、彼女も苦手なタイプだ。


 マズルカもフレイナもたじろいでいるが、唯一トオボエだけは全力でしっぽを振っている。くそう、人懐っこい子犬め。


「彼は、俺と同じ戦士のダグバ」


「……ああ」


「この通り無口なんだが、悪いやつじゃない。緊張してるだけなんだ」


「……していない」


「してるだろ」


 鎧も相まって大柄で、両手持ちの戦斧を背負った男は、腕を組んでむっつりと首を横に振る。額から頬にかけて斜めに走った古い傷跡が、いかにも男を強面に見せる。ただ、その瞳は理知的で穏やかだ。


「最後に、修道士のセルマ」


「セルマと申します。まだまだ見習いの身ではございますが、どうぞよろしくお願いいたしますわ」


 優雅に会釈をする修道士の振る舞いには、意外にも僕たちに対する嫌悪感のようなものは窺えない。彼女も『言葉』の教えを信奉しているはずなのに。


 いや、セルマだけじゃない。クルトをはじめ、彼のパーティ全員が、死霊術師である僕にも、ゾンビであるウリエラたちにも、ちっとも拒否反応を示さないのだ。


 きっと、善い人たちなんだ。周囲の評判や先入観に囚われず、自分たちや、あるいは自分たちの仲間が見たものだけを信じ、他者への好意と厚意を決して惜しまない、善人の集まり。


 クルトにはお似合いのパーティだ。


 そして、僕らが決して相容れないパーティ。僕もウリエラもマズルカも、同じ聖職者が相手にいるフレイナまでもが、挨拶にすら滲み出る彼らの人柄に、思わずたじろいでしまっている。だからしっぽを振るんじゃないトオボエ。


 これ、こっちも挨拶しないとだめだろうか。躊躇していると、マズルカに背中を押され、顎で指示されてしまう。


 僕がやらないとダメか。というか、いままであんまり意識しなかったんだけど、僕がパーティのリーダーってことになるのか。そりゃそうか。


「あー、クルトから聞いてるみたいだけど、僕はこの通り、死霊術師のマイロだ。黒魔術師のウリエラ、戦士のマズルカ、このダイアウルフはトオボエだよ。本当はマズルカの妹のポラッカもいるんだけど……」


 首だけのポラッカは、まだ鞄の中に隠れたままだ。


「いまはちょっと顔を出せないから、機会があれば紹介するよ。まあご存じの通り、みんなもう死んでしまっていて、僕の死霊術でゾンビとして仲間になってもらってるんだ」


 絶対訪れてほしくないが、そんな機会は。


 面倒くさいので簡潔に紹介していき、最後に残ったフレイナを手で示す。


「それから、聖騎士のフレイナ。ちょっとワケあって、いまは彼女も仲間」


 その紹介に、思いがけず反応したのは、向こうの修道士のセルマだった。


「やはり! その白銀の鎧と、お美しい月の銀の髪を見たときから、そうではないかと思っておりましたの! 聖騎士フレイナ様、ご活躍はかねがねうかがっておりますわ!」


 さも憧れの人に出会えたと言わんばかりに、セルマは目を輝かせ、フレイナの手を両手で握り締める。


 対するフレイナの反応は、苛烈なものだった。


「離してッ!」


 握られた手を振り払い、飛び退くようにセルマから距離を取る。目には恐怖と、警戒の色が浮かんでいた。


「ご活躍はかねがね、ですって? バカにしないで、どうせ私が不義の子、罪を背負って生まれた子だって嗤ってるんでしょう!」


「え、あ、あの、わたくしは、そんなつもりは」


「それに私はいま、ゾンビなのよ! 『空白』に蝕まれた歪んだ魂! こんなところで浄化されるわけにはいかないのよ!」


 あまりにも過剰な反応に、誰もが目を丸くしている。彼女、教会の教えにどっぷりだと思ってたけど、どうもそれ以外にもなにかあったのか。


 唖然としていたクルトが、ため息をつきながら僕を見た。


「なあ、今度はなにがあったんだ。教会の聖騎士をゾンビにするなんて、ただ事じゃないだろ。教えてくれないか?」


 いつもだったら突っぱねていたかもしれない。でも今度ばかりは、僕も彼らに聞きたいことがある。


「説明するよ。代わりに、そっちにも話を聞かせてもらうからね」


 そう前置きして、僕ら二つのパーティは、階段広場の隅に陣取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る