第29話:協定

「つまり……グールの中に突然変異のような強力な個体がいて、それが群れを統治していた、ってこと?」


「ええ、似たようなグールに、一度だけ遭遇したことがある。喰屍の王ゲオルギウス。ほかのグールではあり得ないほど頭がよくて、数匹の手下まで従えていたわ」


「それなら聞いたことあるかも。ロザムンド近郊に棲みついて、夜な夜な民家を襲って人々を食い荒らしてたんだっけ。そっか、あれを討伐した聖騎士団って、フレイナたちのことだったんだ」


「気安く呼ばないで、死霊術師」


 まだ顔以外は感覚がないまま寝そべっているフレイナに睨まれ、僕は肩を竦める。じゃあどう呼べっていうんだか。


「なんにせよ、ここに現れたのはより強力なグールよ。配下のグールはどれほどいるのかもわからないし、聖句の詠唱に何度も耐えてみせたわ」


「聖典がもたらす祝福に耐えたって言うの?」


 フレイナは悔し気に唇を噛んで俯く。


 確かに、呪霊術と同じように、強力なアンデッドは祝福にも耐えることがあるという話は聞く。しかし、それはもしかすると……。


「とりあえず事情は分かった。この階層にグールがうろついてるだけでも異常事態なのに、指名手配級に強力な個体とはね」


 調べてみる必要がありそうだ。


 本当にそんなグールが、それも階を問わずに行動しているなら、聖騎士団が出張ってきたのも頷ける。同時に、魔術学院が傍観しているとも思えないのだ。あるいはもう、討伐依頼が出ているかも。


 僕らがどう対処するかは、情報を集めたうえで考えたものだろう。


「話してくれてありがとう。そのグールについてはなにか情報がないか探してみるけど……フレイナはどうする?」


 また睨まれた。


「言ったはずよ、このまま死んでも私の罪は贖われない。『言葉』の教えに従って、忌むべきアンデッドを討伐するわ。ゾンビにした挙句、情報だけ聞き出して終わりにするなんて許さないわよ」


「『言葉』の教え、ね」


 正直この提案は気は進まない。しかし彼女の言う通り、こっちの勝手でゾンビにしてしまった負い目もあるし、話だけ聞いて、じゃあ死んでねというのも気が引ける。


「そうしたいなら、そのグールを倒すまで、僕らのパーティに加入してもらうことになるけれど」


「は? 冗談じゃないわ、どうして死霊術師とゾンビのパーティに入らなければならないの」


 ごもっともである。けれど、死霊術は蘇生術ではないのだ。


「死霊術は、死体を仲間としてリビングデッドにしているんだ。いまは形の上で僕の仲間だって認識してるけど、いきなり別行動を取られてもそうは思えないでしょ。勝手にここから出ていかれたら、その途端に死体に戻っちゃうよ」


「なによそれ、どこまで身勝手なの!? 摂理を曲げて生き返らせておいて、死にたくなければ言うことを聞けって言ってるのと同じじゃない!」


「だから、別に強制はしてないよ。君は生き返ってないし、ただゾンビとして一時的に死体に憑りついてるだけ。望まないなら、元の状態に戻るだけだ。痛くも苦しくもない。君の言う摂理に従うだけだよ」


 どうも死霊術は、魂を歪めて死から蘇る術だと勘違いされがちだ。まったくもって、そんな非常識な魔術ではないというのに。いまいち理解してくれる人が少なくて困ってしまう。


 フレイナはしばらく僕を目線で殺そうとしていたが、やがて目を瞑って息を吐き出した。


「いいわ。私ひとりじゃあいつは倒せないし、ゾンビになった聖騎士なんて入れてくれるパーティはないもの。あのグールを倒したかったら、どのみちあんたと組むしかなかったってことね。これで満足?」


「僕がっていうか、君がそれで納得したならいいんだ。けど、他の仲間がいいって言うかは、君次第だからね」


「え、ちょ、ちょっと!」


 こんな大事なこと、僕ひとりで決めるわけにはいかないからね。


 まだフレイナは起き上がれないままにして、一度テントを出る。気が気でない様子で待っていたウリエラたちに事情を説明し、フレイナと話してもらうことになった。


 けれど、ポラッカだけは隠れていてもらうことにした。状態が状態だし、幼い彼女をあまりあの聖騎士に近づけたくはなかったから。



 ボーン・サーバントたちが拠点を建築している傍ら、僕らは丸太(もちろんトレントゾンビの一部)に座り、フレイナと向かい合っている。


 ウリエラも、マズルカも、脇で丸くなっているトオボエも、フレイナに向ける視線は厳しい。


 全身の自由を返したフレイナは、同じく丸太に腰かけ、硬くこぶしを握っている。


「規格外のグールがいるという話は分かった。だが、お前がわざわざもう一度戦う理由はなんだ? アタシたちの仲間になるのなんて、本意ではないだろう」


 マズルカが険しい顔でフレイナを問い詰める。まるで面接……いや、事実面接かこれは。ここで彼女たちを納得させられるかどうかで、フレイナが仲間になれるか決まるのだから。


「もちろん本意なんかじゃない。ゾンビになって死霊術師の仲間になるなんて、聖騎士として最大の汚辱よ。けどこうなってしまった以上、私が私の使命を果たすには、こうするしかないんだもの」


「ふ、不服ならやめればいいじゃないですか。マイロさんはあなたに、新しいチャンスをくださったんです。どうして感謝もせずに、汚辱だなんて」


「感謝ですって? 死者を隷属させるおぞましい人間に、感謝なんて」


「でもあなたは、そのマイロさんに縋ろうとしてるじゃないですか!」


「……ッ」


 ウリエラがぴしゃりと言い切ると、フレイナは顔を背けた。


 予想以上にヒートアップしてしまっている。どうもウリエラは、この手の話題になると熱くなりがちだ。


「落ち着け、二人とも。フレイナだったか、お前が気に食わないのも、アタシたちが信用できないのもわかる。アタシもゾンビになった経緯は、似たようなものだった」


 フレイナが視線だけ、ちらりとマズルカを見る。


「似たような経緯……?」


「ああ。アタシはアタシの……大切なもののためにマイロの仲間になった。はじめは胡散臭いと思っていたが、いまはそれなりに馴染んでいるつもりだ。結局は行動で示さなければ、お互いに納得できまい。ウリエラも、アタシたちにはそうしてくれただろう」


「で、ですがマズルカさん。この人はマイロさんを邪悪扱いする聖騎士です、いつなにをしてくるか……」


 いまいち魔術師と教会の事情に明るくないマズルカが首を傾げると、意外にもため息をついて首を横に振ったのは、フレイナだった。


「私は魂を『言葉』の教えに捧げてる。けど、いまはもう聖騎士と呼べるかどうか。私自身がゾンビになってしまったんじゃ、もう祝福は使えないし」


 その手が寂し気に聖典の表紙を撫でる。


「……? 生前の能力は、ゾンビになっても使えるはずですが」


「バカ言わないで。祝福の光は、アンデッドをまとめて浄化するのよ。聖句を唱えた途端、私まで消し飛ばされてしまうわ。少なくとも『言葉』の教えを全うするまで、私は死ぬわけにはいかない」


「ですから、もう死んでるんですが……」


 ウリエラがいまいち要領を得ないという顔で僕を見るので、僕はそっと人差し指を唇に当てた。どうも彼女は勘違いしているようだが、いまは訂正することもない。


「……いいです、わかりました。いずれにしろグールの群れを相手にするのに、戦力は欲しいですから。でも、妙なことをしたらそのときは」

 

「わかってるわ。どうせグールを倒すまでの付き合いよ」


 そんなわけで、双方納得の末……と言えるか微妙なところだが、フレイナの一時加入が決定した。さて、どうなることやら。

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