第27話:思いがけない死者

 トレントログハウス建築の拠点として建てたテント。その中で寝床に横たわる少女の死体を前に、僕は思わずため息をついた。


 聖印を刻んだ鎧に剣と盾。見覚えのある顔立ち。そして、死してなお美しく輝く、月の銀の髪。


 第10階層の階段前で難癖をつけてきた、あの聖騎士に違いなかった。


「あ、あのあの、すみません、やっぱり捨て置いた方がよかったですか? それとも、この場ですぐに焼却処分してしまいますか……!?」


「え? ああいや、違う違う! むしろ回収してきてくれてよかったよ。僕としても、なにがあったか気になるところだし」


 第13階層でトレント狩りに精を出していたウリエラたちは、その途中で思いがけないものに遭遇した。それが、この聖騎士の死体だったのである。異常を感じ取ったウリエラたちは、咄嗟の判断で聖騎士の死体を担いで戻ってきてくれたのだ。


「マズルカやトオボエは大丈夫? どこか違和感とかない?」


「ああ、問題ない。トオボエも元気なものだ」


 前衛として奮戦してくれたマズルカたちは、戻ってきたときは満身創痍であった。また腕は取れそうになっていたし、おなかは裂けていた。


 取り急ぎ修復したものの、マズルカにはまた傷が増えてしまったなあ。本人は気にしてないようなのでいいのだけれど。


「でもマイロおにいちゃん、この人のこと、どうするの?」


「うーん……」


 ポラッカの問いは、僕としても悩ましいところだ。


 先の一件でもわかりきっている通り、教会は僕らを目の敵にしているし、この聖騎士の態度も酷いものだった。普通だったら死体を見つけたところで、リビングデッドにしようとは思わない。別の使い道はあるが、それはさておき。


 なんにせよ、状況がちょっと妙なのだ。


 彼女たちの実力のほどは知らないが、教会の聖騎士と言えば、武闘派で知られている騎士団の構成員だ。聖騎士のみのパーティというのも、彼女たちが聖典による祝福を扱えることも踏まえれば、非合理とも言い切れない。


 当て推量だが、この階層のモンスターたちに後れを取るようなことはないだろう。


 だがこうしてこの聖騎士は、第13階層で死んでいた。


 彼女たちは、グールの群れを退治しに来たと言っていた。このダンジョンでグールが出現するようになるのは、第16階層から下だ。


 仮にグールの群れに斃れたのだとしたら、死体がこの階層にあるのはおかしい。ましてや、グールに殺された人間の死体が、こんなきれいに残るはずがない。


 死体の傷を見るに、鋭い得物で首をすっぱり斬られたのが致命傷だろう。これもグールらしくない。ほかの聖騎士の死体はなかったそうだが、現場にはおびただしい血痕と肉片が残されていたという。ますますわからない。


 なにもかもが非合理な聖騎士の死体だが、これ以上検分しても謎は謎のままだ。


「やっぱり、起こして聞くしかないかなあ」


「教会の聖騎士をゾンビにするつもりか? その場で首を切り落とされかねないぞ」


「僕だってやりたくないけど、このまま放っておくのも気持ち悪いでしょ。だって、聖騎士四人を返り討ちにするようななにかが、この階層にいるってことだよ。身内の仲間割れとかだったらともかく、もしもなにか異変が起きているとしたら」


「わ、私たちにも、その脅威が及ぶかもしれない……ですよね……」


 きゅっと杖を握るウリエラに、頷いて返す。


 そう、僕らはこれから、ここに住もうとしているんだ。不安材料はできるだけ取り除いておきたい。


「だから気は進まないけど、彼女自身の口から話を聞いてみるよ。あんまり刺激したくもないから、みんなは拠点作りを進めておいてくれる?」


「で、ですが」


「大丈夫、心配しないで。気になるなら、剣も盾も預かっておいてよ」


 渋るウリエラたちをどうにか外に出して、テントの中には僕と死体だけ。


 本音を言えば、この聖騎士を刺激したくないのではなく、聖騎士がみんなを侮蔑するところを見たくないだけなのだけれども。


 なんにせよ、悪口雑言は免れないだろうことだけは覚悟を決めて、魔導書を開いて術式を引用する。エンバーミングで傷を修復し、アニメイト・リビングデッドで魂を呼び戻す。


 さあ、戻ってきて。あんまり言いたくないけど、いまばかりは君は僕の仲間だ。なにがあったのか聞かせて。


 横たわったままの聖騎士の瞼が、ぱちりと開く。胡乱な様子で目をきょろきょろと動かし、僕を見た。その瞬間、嫌悪と混乱に目が見開かれる。


「こんにちは。気分はどう?」


 聖騎士はいまにも締め殺さんばかりの勢いで僕を睨むが、声は発されない。


 もちろん、僕が喋れないようにしているからだ。いま彼女の感覚は、目と耳以外のすべてを遮断され、喋ることも起き上がることも、息をすることも出来ずにいる。いきなり騒がれても面倒くさいからね。


「落ち着いて聞いてほしいんだけど……いや、まあ無理だよね。でもどうせ聞くことしかできないんだから、とりあえず聞いてね。君は、死にました。死んでたところを僕の仲間が見つけて、持ってきてくれたんだ。そのことは覚えてる? 覚えてたら瞬きして」


 しばらく彼女は僕を睨んでいたが、次第に根負けしたのか、ひとつ瞬きをした。


「よかった。本題はここからなんだけど、僕は君がどうして死んだのか知りたいんだ。確か、グールを討伐するって言ってたよね。でもなぜか君はこの第13階層で死んでいた。いったいなにがあったのかどうしても気になって、不本意だろうけれど君に聞くことにしたんだ。良ければ教えてもらえないかな」


 彼女はなにも応えない。僕の言葉を飲み込もうとしているのか、忙しなく眼球を動かし……やがて、ぽろぽろと涙を流し始めた。


「え、えぇ。どうして泣くの、僕は話を聞きたいだけだって。嫌ならすぐに術式を解いて死者に戻すからさ、ね?」


 このままじゃ埒が明かない。僕は彼女の顔面の感覚を戻し、口が利けるようにした。すぐにも彼女は叫んで喚いて、僕を口汚く罵る。そう思っていたのだけれど。


「なんてことをしてくれたの……人の魂を穢して、ゾンビにするなんて……どうしてそんなおぞましいことが出来るの……」


「言いがかりだよ、僕は魂を穢したりしてないって」


「人の魂に罪を背負わせておいて、よくそんなことが言えるわ。もうこれで、私の罪は未来永劫贖われることはない。ここで功績を立てれば、王都に帰れる……そのはずだったのに……」


 ああもう、話が通じない。だから教会の人間を相手にするのは面倒なんだ。


「じゃあそういうことでいいから。確かに君はゾンビになってしまった。でもそうしたのは僕だ、だから君はただの被害者で、罪を背負うべきは僕。そうでしょ? それにここの階層には、君を殺したなにかがいる。もしかしたらそいつは、他のみんなにも類を及ぼすかもしれない。それを止めるのは、贖いにならない?」


 聖騎士はしばらく黙っていた。視線をさまよわせ、口を開きかけては、なにか汚物を飲み込んだように唇を歪ませる。


 また根競べか。でもまあ、拒否するなら構わない。こっちは別で調査するだけだ。


「無理強いはしないから。なんで死んだのか話すのも嫌なら、もう君のことは解放するよ。イエスかノーかだけでも教えてくれないかな」


 すると彼女は、あからさまな憎悪を孕んだ目で僕を睨んだ。


「ここで解放されたって、穢された魂は戻らないわ。せめて、あのグールを討ち滅ぼして、本懐を果たさないと」


「じゃあ、聞かせてくれる? あ、僕はマイロ。知っての通り死霊術師。君は?」


「……フレイナ」

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