第26話:建築

 方針が決まったなら、さっそく建築作業開始だ。


 まずは作業拠点とするために、広場の隅にテントを広げ、第6階層と同じようなキャンプを作る。それが終わったら、今度はトレント狩りの始まりだ。


 と、意気込んでいたのに。


「マイロおにいちゃん、次の骸骨たちが来たよー」


「はーい……」


 なんと僕とポラッカは、広場でのお留守番を命じられてしまったのだった。結局のところ、僕が戦闘に同行したところで、戦力にはならないと判断されてしまったのである。


 そりゃあ、確かに呪霊はめったなことでは使わない約束だし、そうなるともうマズルカやトオボエの戦闘に介入する能力はない。とはいえ万が一のためにもついて行こうとしていたのだが、なにか危険があってもトオボエに乗れば逃げられるし、それも不可能なら僕がいても意味がない、と論破されてしまった。


 まったくもって返す言葉がない。


 というわけで僕は、広場の入り口を見てくれているポラッカと共に残り、ボーン・サーバントたちが運んでくるトレントの死体を、せっせとゾンビにしていく係になったのだった。


「はい、こいつも切り出しに回してね」


 アニメイト・リビングデッドをかけたトレントゾンビ木材を、骨だけになったゴブリンのような見た目のボーン・サーバントたちに持っていかせる。


 ボーン・サーバントは傀儡ゾンビと違い、ある程度自律行動が可能だ。外の世界でも、様々な場面で労働力として使われている。とはいえ、さすがに移動しているウリエラたちのもとに戻ることは出来ないので、ゴブリンの牙を使い切ったら、戻ってくる予定になっている。


 トレントゾンビ木材を受け取ると、ボーン・サーバントたちは建材として使えるサイズに切り出していく。広場の中央では、別のボーン・サーバントたちが、周辺から集めてきた石を積み上げ、基礎を作っている。


 破壊を必要とせずに持ち運べる石は、この樹海ゾーンで収集が可能な、唯一の資材だ。当初は拾い集めた石で家を建てることすら考えていた。ウリエラのおかげでより家らしい家を作れるので、感謝してもしきれない。


 しかしまあ、やってみると確かに効率的な運用ではある。


 僕がウリエラたちに同行していたら、ある程度トレントを狩ったところで、一度ここに戻って建築を進めるという手順を踏まなければならない。それよりは、僕がここでどんどんトレントゾンビ木材を作ってしまった方が早いに決まっている。


 おかげで建築は順調だ。さすがに一両日中に、というわけにはいかないが、思っていたよりも早く拠点は出来上がるかもしれない。ちなみに建築の知識は、学院の図書館から借りてきた本頼みである。まあきっと大丈夫だろう。


「とはいえ、出来るのはログハウスだけだからなあ。家具も同じ方法で作れるかな。さすがにベッドのマットレスなんかは、買った方がはやいかなあ」


「……ふふっ」


 拠点の内装をどうするか考えていると、かすかな笑い声が聞こえた。顔を上げると、ポラッカが僕をじっと見つめ、微笑んでいる。


「なんだか楽しそうだね、マイロおにいちゃん」


「え、そうかな?」


 ウリエラたちに置いて行かれて、ちょっと拗ねてたくらいなんだけど。


「そんな風に見えた?」


「うん。あのね、おねえちゃんも最近、すごく楽しそうなんだよ」


「マズルカが?」


 僕の目には、むしろいつも不機嫌そうに見えていた。気のせいだったのだろうか。


「おねえちゃんって、いままでずっと、難しい顔してばっかりだったの。氏族にいたころも、奴隷になってからも。きっとわたしを守ろうとして、いろいろ考えてたんだと思う。でもいまは、こうしてわたしをおにいちゃんに預けたりしてるでしょ」


 確かに。言われてみれば、こうして僕がポラッカと二人きりになるのは初めてだ。


「それにトオボエ! トオボエと一緒にいるとき、すごく楽しそうなの」


 ポラッカは、ここにいない姉を慈しむように、目を細めて微笑む。


「だから、ありがとうマイロおにいちゃん。おねえちゃんを仲間に入れてくれて。家族に入れてくれて」


 マズルカがゾンビになった今を楽しんでくれているなら、僕も嬉しい。でも。


「ポラッカはどう? いまの暮らし、楽しめてる?」


「わたしも、もちろん楽しい。氏族にいたときみたいに、みんな怖い顔してないし、奴隷のときみたいに嫌なことしてくる人もいないし。おねえちゃんと一緒にいられて、マイロおにいちゃんと、ウリエラおねえちゃんと、トオボエと、家族もたくさんできたし」


「身体が欲しいとは、思わない?」


 思い切って聞くと、ポラッカは少しだけ目を伏せる。


「……ほしいよ。前みたいに走り回ったり、いっぱいごはん食べたり、おねえちゃんにぎゅって抱き着いたりしたい。それに」


 強い意志の籠った瞳が、真っ直ぐに僕を見た。


「わたしも、みんなの役に立ちたい。戦ったり、なにか作ったり、守ってもらうだけじゃない身体がほしい。おねえちゃんみたいな強い身体がほしい」


 身体が欲しいなんて、当たり前の願いだろう。けどポラッカは、それ以上のことを考えていた。新しい身体でなにをしたいのかまで、ちゃんと考えていたんだ。


 本当に、強い子だな。


「わかった。拠点ができたら、次はポラッカの身体をどうにかしないとね」


「ほんと? えへへ、楽しみだなあ」


「ちなみにどんな身体が欲しいとか、希望はある? 男の子の身体になったりもできるよ。強い身体だったら、もっと下の階層にいるミノタウロスって手もあるけど」


「やだーっ! 人の身体がいいもん! それに女の子のままがいい。強くて、きれいな女の子になりたいなあ。あ、しっぽはちゃんとつけてね」


「もちろん」


 そうやってポラッカと談笑しながら作業を続け、ときどき休憩を挟んで、魔力が戻ってきたらまたトレントゾンビ木材を作っていく。


 やがて、トレントの死体を運搬してきたボーン・サーバントも増え、そろそろウリエラたちも戻って来ようかと考え始めた頃。


「マイロ!」


 樹海をつんざく叫び声と共に、マズルカたちを乗せたトオボエが、全速力で駆け戻ってきた。なにかあったのだ。トオボエの背には、ウリエラの姿も見える。それに、あれは?


 トオボエに乗っていたのは、二人だけではなかった。


 褐色の毛皮に埋もれるように、あの月の銀の髪を持つ聖騎士の少女が、ぐったりと力なく運ばれてきたのだった。

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